嗚呼、愛しのアフロディーテ
とりあえず、と。

私は鞄の中に入れていた紺色のハンカチを取り出し、坂本くんの前に差し出した。


「これ、ありがとう」
「わざわざ洗ってくれたんですね」


坂本くんはまるで宝物でも扱うように、両手を伸ばしてハンカチを受け取る。

そして──そっとそれに、頬擦りをした。


「……っ!」
「僕のために洗ってくれたんですね」


うっとりと、何かに酔ったかのような表情。

血色の悪い頬がほんのりと赤く染まり、涼やかだった瞳はとろけて目尻は下がっている。

そのままハンカチに鼻を埋めたところで、私は自然と一歩後ずさった。なんだか、背筋にひやりとしたものが走ったから……。


「あ、あの……返せて、良かった……」
「ずっと持ってきてくれていたんですか?」
「うん……いつでも返せるようにと思って」


それを聞いた坂本くんは、私に目を向けて、それはそれは綺麗に微笑んだ。

とろけた瞳の中には何か言い表せない感情が渦巻いているように見えたけれど、すぐに目を逸らしたからよくわからない。

でも、見てはいけないものを見てしまったような、そんな気がした。


「ああ……柊さん、ありがとうございます」
「こ、ちらこそ……貸してくれてありがとう」
< 9 / 15 >

この作品をシェア

pagetop