姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
最終章

舞台は整っている


   *
 
 ――少し前、勝負服に身を包んだ睦美がカフェの中へと入っていった。

 見たことのないワンピースは今日のために買ったものだろう。 
 出掛ける間際、洗面台を占領していた睦美は「麦ちゃん、バイト? がんばってね」と上機嫌で声を掛けてきた。

「……」
 私は黙っていたが、返事は求められていないようだった。
 睦美は“ゆるふわ”なヘアスタイルにするのに忙しく、視線はすぐに鏡に戻った。
 
『その日常、今日で最後だよ、睦美』
 私は心の中で伝えた。

 迷いはない。
 今日は、私が奪われたものを取り戻す記念日だ。
 


    *
 
 ダイニングカフェの前で身なりを整えた。

 今日の私も、足元から髪型まですべて“スタイリストまかせ”のコーディネイトだ。
 私を守る戦闘服のようなそれに励まされている。
 
 一歩前に足を踏み出した。
 ふう、と息を吐ききる。
 
 緊張しながらも心は急かされていた。
 この日この時を、ずっと待っていた。


 店のドアを開け、個室で待ち合わせだと伝えた。
 案内を断って廊下を進む。
 マイクを仕込んだサコッシュをもう一度確認する。――うん、大丈夫
 
 引き戸の取っ手に手を掛けた。

 ――さあ、始めよう。
 
 
 ドアは流れるように、静かに開いた。
 睦美は大きな二重瞼の目を縦に開き、甘ったるい表情でこっちを見た。もちろん碧のために作ったものだろう。
「……」
 睦美は私を見て口を半開きにし、間の抜けた顔で固まった。
 人間は予測不可能な出来事に遭うとこんな顔付きになるのかと、睦美を無言で見る。

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