姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
「入るよ」
ドアを開けると部屋の中が薄暗かった。閉め切ったカーテンのせいだった。
「どうしたの? ……むつみちゃん?」
睦美は軽蔑のこもった眼差しを向けてきた。
「私、落ちてきた麦ちゃんのしたじきになったんだよ」
「!」
睦美がよどみなく低い声で話すのを、この日初めて聞いた。
「麦ちゃんが私をみすててにげたから、私はあそこでずっとたおれたままだった」
「……うそ」
血の気が引いた。と同時にあの日の記憶の断片が戻ってきた。
「むつみちゃん、けがしたの? どこ? だいじょうぶなのっ?」
混乱していた。そんなこと母も言っていなかったのに……、でも睦美がそう言ってるんだから……、
「麦ちゃんが落ちてくるとき私の心ぞうを思いっきりけったの」
「心ぞうをっ?! パパ、お医者さんだからなおしてもらおうっ!」
図らずも引っ掻いたような自分の声で事の重大さに気づく。
「パパとママ、呼んでくるっ」
だが睦美に跳ね返された。
「やめて! そんなことしたら死んでやるから」
「えっ? 死ぬ、って、なんで……」
「めんどうな子って思われたくない私のきもちなんて、麦ちゃんにはわからないよ」
「……」
呻くような睦美を前に言葉が出なくなった。
「私、どうしたら、いい……?」
息苦しさのまま、答えを求めた。睦美は私を睨みつけながらてのひらで胸元を押さえた。
「つぐなって。このキズのせきにん取ってよ」
睦美が一瞬シャツをめくった。
「!」
薄暗くても、胸元には肌の色ではない赤黒い歪な何か――が、確かに見えた。
「ほんとうはこのキズ、麦ちゃんにあるはずだったんだからね」
「……あ、……ああ」
怖くなって、首を振った。言葉にならなかった。
「私が麦ちゃん、かばってあげて、なのに麦ちゃんにけられて、付いちゃったキズ」
「ごめ、ん……むつ、み、ちゃ、ごめ……」
呼吸が苦しく、言葉が途切れた。思わず床に手をついた。
「あやまらなくていいからつぐなって」
“つぐなう”ということがどういうことかも分からずに、私は四つん這いのまま、何度も謝った。
「だれかに言ったら、死んでやる」
睦美は恐ろしい形相のまま、まっすぐに私に指を向けた。
「そしたら、ひとごろしだからね」
「は――っ、は、――はっ……」
酸素がうまく吸えなくなった。
私はこの日の絶望を、一生忘れないだろう。
【終わり】
~次は睦美視点です~