姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
――あんな子に育てた私たちの責任だから……
――実李と同じように育てたはずなのにどうしてあんな子になってしまったのか……
睦美が小学生になると祖父母の会話から『あんな子』が消えた。同時に睦美の出生について愚痴ることも嘆くこともなくなった。
睦美が分別のつく年齢になったことを意識したのだろう。
だが本気で隠したかったのなら睦美が幼いという理由だけに安心してはいけなかった。小学生になる前の睦美も、祖父母の放った言葉をすべて正しく覚えていたのだから。
*
「今まで一緒に暮らせなくてごめんね」
母親の謝罪には罪悪感がなかった。
「困ったことがあれば遠慮なく言うんだよ」
代わりに、父親のそれには後ろめたさがあった。
……ああ、私の本当の親はこっちか
誰に聞かずとも、睦美はだいたいの事情を察した。今度の母親は、自分の本当の母親の姉か妹なのだろうと。
睦美は礼儀正しく頭を下げた。
両親の横から妹が飛び出してきた。
「はじめまして、お姉ちゃん! 私は麦だよ!」
「……」
笑顔いっぱいの出迎えに面食らった。と同時に、親がいない卑屈さの中で育った自分との違いをみせつけられ身の置き場がなかった。だが、紛れもなく血が繋がっているだろう自分と似た顔の妹を心底嫌うことは出来ず、毎日懲りずに向き合ってくれるただひとりの人間に少しずつ心を開いていた。
そんな時、麦が木から落ちた。
睦美に手を伸ばした状態で地面に叩きつけられ、麦は数十秒気を失った。睦美は必死に揺り動かした。
「麦ちゃんっ、麦ちゃんっ」
こんなことなら、自分が落ちればよかった。ためらわずに木に登ればよかった……。『病気だった』ということにされていたから、おとなしくしていたのに……。
どうしよう……、どうしようっ。
死んでしまった――と思った。
「っう、うぅ……」
小さな呻き声が聞こえた。
「っ!」
睦美は咄嗟に、地面に伏した。
取り乱したことが恥ずかしかったのもあるが、“自分が犠牲になりたかった”という想いが願いへと早変わりした。
意識を取り戻した麦は痛みに悲鳴を上げながら、睦美を助けるために通りへ向かって這いだした。
遠ざかる麦を薄目を開けてみつめながら、胸がいっぱいになった。麦が生きていて本当によかった――麦が妹で、よかった――。あの家で自分に真っ直ぐに笑いかけてくれるただひとりの、優しくて強い、妹――。
だが麦は、助けを求めた大人に抱きかかえられあっという間に視界から消えた。
「……」
睦美はしばらく地面の上で横たわり――、足音ひとつしなくなった世界でむくりと身を起こした。
家に戻ると誰もいなかった。
そうして夜になっても、朝になっても、誰も戻ってこなかった。