姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
「実は今日のことなんだよ。ふふ」
「そうなんだ、ね」
声が震えそうで、俯いた。
睦美が感じた『運命』は碧のことなのだろうと、喪失感と共に受け入れた。
「あとで紹介するから楽しみにしてて」
華やかな笑顔を残し、睦美は部屋を出て行った。
睦美の背中を見送って私は……、私は――、重い額を押さえ声を殺して泣いた。思いっきり泣けたらどれほどの慰めになるだろう……。
麗と再会したことで欲が出てしまった。
バイト、辞めよう……
“元の居場所”に戻って、麗も碧も記憶の中へ帰そう。そうすれば傷つくことも、誰かに思い出を奪われることも、ない……
静かに、決意した。
*
「むーちゃん、昨日調子悪かった?」
出勤と同時に麗が近寄ってきた。
「あ、うん……昨日は迷惑かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
あれだけ泣いたのに、私の決意は一日しかもたなかった。
一緒に働くスタッフから「宮原さんがいなくて昨日大変だったの」と泣きつかれ、店長からは「いつも宮原さんがどれだけ頑張ってくれてるか、みんなも身に染みたよね」と労われ、『辞める』という一言が言えなくなった。
「宮原さん、お疲れ様。具合大丈夫?」
「無理しないでね」
「……」
一緒に働くスタッフが次々と声を掛けてくれる。
「はい、もう良くなりました。昨日は迷惑かけてすみませんでした」
……やっぱり嫌だ。
私は覚悟を撤回する。
私にとってこの空間は束の間ほっとできるだけの、枷を一時忘れるだけの逃げの場所ではなくなっていた。――ここにいるときの、役に立っていると思える自分が、私は好きなんだ。……贅沢なことだってわかってる。だけど、この場所にいたい……。
「宮原さん、丁寧で仕事が早いからほんと助かってるよ!」
「ほんとほんと、覚えも早いし」
「あ、ありがとうございます」
褒められることに慣れていないせいで笑顔はぎこちない。けれどその分、皆が笑顔を向けてくれて救われる。
「むーちゃん、作る方って興味ある?」
唐突な麗の言葉に「え?」と顔を傾ける。
「有賀さんがね、調理の方も教えたいって」
有賀さんは料理長でもあり厨房の責任者だ。
「時給も今よりアップするし経験としても役に立つと思うよ」
「ありがとう、がんばる」
静かに言った。
――今、私には自分の将来がとても、遠い。
睦美の傷痕を治すこと、それより優先されるものがなかった。
「そういえば、アオくん……その後、連絡あった?」
小休憩に入り、雑談の僅かな隙間に碧の話題を挟んだ。