姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~

 ……睦美の要求のすべてに従った。
 許してもらうために、なんでも差し出した。


「……」
「……」
 麗との会話に数秒の間ができた。

「宮原さん、その皿こっち持ってきて」
 その場にいて私たちの会話を聞いていた有賀さんが、ふいに指示を飛ばした。
 いつも周囲の空気を見ている人だ。
 なにかを察したのかもしれなかった。
「――注文入りました」 
 フロアから厨房へスタッフが向かってきて、私たちの会話も自然と終わった。


 麗は黙ったままだった。
 私も仕事の続きに戻った。
 心臓が嫌な感じに騒いでいた。

 質問に答えなかった私に麗は失望しただろうか。
 信用していないと誤解させただろうか。
 再会してからずっと昔と同じように接してくれたのに。

「……」
 麗に隠し事はしたくない――いや、私の事情を知ってほしい。
 
 私は今、自分の本当の気持ちをはっきりと自覚した。

 私は唇をぐっと噛んで顔を上げた。
「れいちゃん、あとで全部話すから聞いてくれる?」
 私は麗の背後から早口で、けれどしっかりと伝えた。
 麗からは「もちろんだよ」という返事が返ってきた。
 
 麗にすべてを話す――その覚悟と共に、私の心の靄がすっと晴れた。

 

 
    *

 近くのカフェで、麗にこれまでのことを打ち明けた。

 ――突然現れた姉と一日も早く仲良くなろうとした日々の中、睦美の胸元に醜い傷痕を残してしまい、今日まで許してもらえずにいることを。……ただ、碧が睦美に会ったことは言えなかった。話した途端、碧と睦美の仲が動き出してしまいそうで……。
 それ以外の、誰にも話せなかった私の心の中のことも全部、話した。


「なによ、それ」
 麗は、私の話につられて泣き、そして怒った。
「なんなの、むーちゃんのお姉さんって悪魔なの?」
 そんなこと、加害者の私が思ってはいけないと、何をされてもすべて受け止めてきた。けれど麗に言葉にされて、……ああ、私も、何度そう思ったかしれない――と、本音をこぼせた。

「むーちゃんが怪我をさせたからって、そこまでするなんてヘンだよ」
「けど、本当に、ひどい傷痕なんだ……」
 私は自分の指で、睦美の胸に広がった傷痕の形をなぞった。
「お風呂に入る時、着替えをする時、毎日それを見てるから、そのたびに私を許せなくなるんだよ」
 実際、そう言われた。
 許したくても、どうしても許せないのだと。その葛藤をわかってほしいと。
「親に相談したんだよね?」
 私は首を横に振った。
「誰にも知られたくないって……知られたら『死ぬ』って」
「むーちゃんのお父さんはお医者さんで、お母さんは看護師さんなのに?」
 

 ――中学の頃、睦美を説得しようとしたことがあった。
 親に話せば、どんなことをしてでも腕のいい専門医を探してくれるはずだと。
 だが睦美は軽蔑を向けてきた。

「麦ちゃんは自分の罪をなかったことにしたいだけでしょう」
「そうじゃ、ないよ、だって、治ってほしいからっ」
 必死に伝えた。
 そしたら睦美は暗く、恨みのこもった目で教えてくれた。
 本当は一度ひとりで病院へ行ったのだと。医師に、きれいに治すことは不可能だと言われたのだと。

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