姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
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「今からバイト?」
友人たちが足音も立てずに寄ってきた。
私と同じくらい地味な見た目の彼女たちは、やはり私と同じに普段から気配を消して過ごすクセがついていた。
「そうなの! 初出勤だからめっちゃ緊張してる!」
声を落として小さく興奮する私に、皆も顔を寄せてくる。
「『うどん愛』が高じてとうとう、うどん屋さんでバイトだもんね」
「へへへ」
私は肩を上げた。
今日から働く店は、うどんで有名な県から首都圏に進出した和食店『琴乃』の新規店だ。
幼い頃、毎日のように遊んでいた大好きな友達が引っ越していったのも、母親の実家である香川県だった。遊びに行くと、彼女の母親が小麦粉をこねるところからうどんを作ってくれた。少し太めで、つるっとしていて、黄金色のだしは煮干しの匂いだった――思い出しただけでも鼻がひくひくしてしまう。
あの頃からうどんは『死ぬ直前に食べたいもの』の不動の一位になった。
「楽しみだね、まかない」
そっと感傷に浸っていると、指先で腕を突かれた。
「ちょっとちょっと、それが目当てみたいに……」
「中らずと雖も遠からず、でしょ」
いつも周囲を気にして声を落としているけれど、ユーモアのある彼女たちが私は好きだ。外見が地味だとして、中身がそうとは限らない。
――類は友を呼ぶって言うけど、あの子たちと麦ちゃんって雰囲気そっくりだよね
睦美に嘲笑われても気にならなかった。だが『気にならない』ということを私は睦美に隠した。妥協しているふりをしなければ、友達と離れるよう強要されるからだ。
睦美は、私が幸せでいることを許してくれない。
「今度食べに行くね」
友人たちに「ありがと」と答えつつ、先回りする。
「でも私、フロアじゃなくて厨房だから。お客さんから見えないの!」
「でも忙しくなったら駆り出されるんじゃない? ほら、麦ちゃん美人だし」
「そこは念を押したから大丈夫……だと思いたい」
“美人”と言われたことはスルーし、会話を繋げる。睦美と似ているこの容姿については、あえて気に留めないようにしていた。
「なら安心だね。頑張って」
「うん。ありがとう」
小さなガッツポーズに見送られ、別れた。
――大学生になったら真っ先にしたいことがあった。
それがアルバイトだ。
高校までは校則で禁止されていたためしたくてもできなかった。睦美の胸の傷を治すにはお金が必要で、毎月のお小遣いやお年玉はほとんど手を付けずに貯めているが、まだまだ足らなかった。
子供の頃、睦美は一度だけ胸の傷痕を一瞬見せてくれた。
赤黒く沈着したそれは棘のようで、私は両手で顔を覆い蹲った。涙がとめどなく溢れてきた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……ごめんな、さい……」
他になにひとつ言葉が出てこなかった。
跪いて縋る私を、睦美は黙ったまま見下ろしていた。
あの日、私の人生は決まった。
睦美が望むまま生きていく。それが私の償いだ、と。