姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~

 
  *
 
「今からバイト?」
 友人たちが足音も立てずに寄ってきた。
 私と同じくらい地味な見た目の彼女たちは、やはり私と同じに普段から気配を消して過ごすクセがついていた。

「そうなの! 初出勤だからめっちゃ緊張してる!」
 声を落として小さく興奮する私に、皆も顔を寄せてくる。
「『うどん愛』が高じてとうとう、うどん屋さんでバイトだもんね」
「へへへ」
 私は肩を上げた。

 今日から働く店は、うどんで有名な県から首都圏に進出した和食店『琴乃(ことの)』の新規店だ。
 幼い頃、毎日のように遊んでいた大好きな友達が引っ越していったのも、母親の実家である香川県だった。遊びに行くと、彼女の母親が小麦粉をこねるところからうどんを作ってくれた。少し太めで、つるっとしていて、黄金色のだしは煮干しの匂いだった――思い出しただけでも鼻がひくひくしてしまう。
 あの頃からうどんは『死ぬ直前に食べたいもの』の不動の一位になった。

「楽しみだね、まかない」
 そっと感傷に浸っていると、指先で腕を突かれた。
「ちょっとちょっと、それが目当てみたいに……」
「中らずと雖も遠からず、でしょ」
 いつも周囲を気にして声を落としているけれど、ユーモアのある彼女たちが私は好きだ。外見が地味だとして、中身がそうとは限らない。

 ――類は友を呼ぶって言うけど、あの子たちと麦ちゃんって雰囲気そっくりだよね
 睦美に嘲笑われても気にならなかった。だが『気にならない』ということを私は睦美に隠した。妥協しているふりをしなければ、友達と離れるよう強要されるからだ。
 睦美は、私が幸せでいることを許してくれない。

「今度食べに行くね」
 友人たちに「ありがと」と答えつつ、先回りする。
「でも私、フロアじゃなくて厨房だから。お客さんから見えないの!」
「でも忙しくなったら駆り出されるんじゃない? ほら、麦ちゃん美人だし」
「そこは念を押したから大丈夫……だと思いたい」
 “美人”と言われたことはスルーし、会話を繋げる。睦美と似ているこの容姿については、あえて気に留めないようにしていた。 
「なら安心だね。頑張って」
「うん。ありがとう」
 小さなガッツポーズに見送られ、別れた。 
 

 ――大学生になったら真っ先にしたいことがあった。
 それがアルバイトだ。
 高校までは校則で禁止されていたためしたくてもできなかった。睦美の胸の傷を治すにはお金が必要で、毎月のお小遣いやお年玉はほとんど手を付けずに貯めているが、まだまだ足らなかった。

 
 子供の頃、睦美は一度だけ胸の傷痕を一瞬見せてくれた。
 赤黒く沈着したそれは棘のようで、私は両手で顔を覆い蹲った。涙がとめどなく溢れてきた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……ごめんな、さい……」
 他になにひとつ言葉が出てこなかった。
 跪いて縋る私を、睦美は黙ったまま見下ろしていた。 

 
 あの日、私の人生は決まった。

 睦美が望むまま生きていく。それが私の償いだ、と。
 

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