姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
笑っていてほしい(麗)
*
「――また明日ね」
「むーちゃん、気を付けて帰って」
電車を降りた麦を見送り、麗と碧だけが残った。
「……」
「……」
麦の前で保っていた笑顔が、すうっと引いていく。
「――むーちゃん、無理してたよね」
親たちの秘密を知ってからの麦は、楽しそうにしていても会話が途切れるとふっと心ここにあらず、になった。気が済むまで吐き出してくれていいのに、麦はそうしなかった。……自分たちにできることは麦が束の間、現実から離れて思いっきり笑い、楽しめるようにどんどん会話を広げることだった。
「壊れそうだったな……」
碧が重たそうな頭をてのひらで支えながら言った。
「むーちゃんを苦しませてるのは親のことだけじゃないしね」
「絶対、睦美を許さない」
碧が呪いのように言った。
昨日と今日、碧は睦美を旅行に誘って、すっぽかした。
「けど、むーちゃんで憂さ晴らしされたら本末転倒だよ」
「大丈夫。今日これから会って機嫌取るから」
罪悪感なく口にする碧が頼もしいやら、恐ろしいやら……
……本当にブレないな、と懐かしさを覚える。
綺麗な顔で、復讐を考えていた頃と変わらない。
「それにしてもむーちゃん、アオくんに何も言わなかったね」
この旅で、麦が今後のことを相談するはずだと思い込んでいた。
「俺も、むーちゃんの復讐手伝ってるって言うチャンスがこなかったこと、正解か不正解か分かんないんだ」
碧は難しそうな顔をした。
「たださ、むーちゃんが言いたくないことを無理に言わせるのだけは避けたいし」
「言いたくないわけじゃないと思うけど。それに気になってるはずだよ、アオくんと睦美の関係とか」
麦が、睦美の胸に傷痕などなかったと知ったのだから、アパートの一室での碧の“ひと芝居”を見ていたはずだ。
なのに麦は【れいちゃんの後に私もアパート出ちゃったから】とメッセージに書いてきた。――もしかしたら盗み見をしたことへの罪悪感か羞恥心なのかと思い、そっとしておくことにしたが、果たして“こっちも”それで良かったのかどうか。
「ひとつ言えることは」
碧が急に顎を上げた。
「俺のこと意識してるってことじゃない?」
「は」
麗はずっこけそうになった。混んでいる電車の中じゃなければ、その脇腹にチョップをするところだ。
「だから聞かないんだろ。単なる“友達”だったらあっさり聞くはずだし」
「……」
特殊な状況下で繋がり離れ離れになった自分たちは、それぞれの存在に執着のようなものがある。しかも碧の麦へのそれは、初恋が絡んでいるからたちが悪い。麦と心が通じ合ったらタガが外れてしまうんじゃないかと心配になる。
「はあ」
麗は盛大に溜息を付いてから、今はそれよりも……と、話を戻した。
「この前、睦美に紹介された“光里ちゃん”って子とどうなったの?」
碧は“自分の予想”についてもっと語っていたいようだったが、無視した。
「会うって言ってたじゃん?」
「ああ、あれね、次の日会いに行ったよ」
しれっと言う碧に「早すぎ」と麗は思わずつっこんだ。