姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
「――あ、いえ、体は大丈夫です……」
素早く頬を拭った。
「なにか悩みがある感じ?」
「……」
由紀子とは光輝と参加した職場の飲み会で親しくなり、年齢差はあるが気が合ってプライベートでも飲みに行く仲になった。
「診察まででもないなら話だけでも聞くよ」
「……いいんですか?」
ひとりでは、抱えきれなかった。
その日、李加は居酒屋で『友人の話』と前置きし、由紀子に悩みを打ち明けた。
「なるほどね、背景はだいたい分かったわ」
由紀子はグラスを傾けながら、天気の話をするぐらいラフに話し出した。
「妹のすべてに介入するってことは、姉は妹を自己拡張の対象として見てる可能性が高いね。同一化欲求や自我境界が崩壊――つまり、妹と自分の区別がついてない状態よ」
「……」
聞き馴染みのない言葉たちが事の重大さを物語っているようで、李加は生唾を飲み込んだ。
「ミラリング――からの執着――からの愛憎の混在、で、関係性攻撃って感じに転換していったんじゃないかな。要するに――」
由紀子は専門的な言葉を李加のために分かりやすく開いてくれた。
李加は、ずしんと重くなった頭で必死に過去を辿った。
……私になりたかった? でもなれなくてそれが攻撃に変わった? 愛しているのに憎い?
……子供の頃から、実李は私よりなんでもできる子なのに?
賑やかな店内だが、李加は自分だけが檻の中に囚われている気分だった。
「……もしもですよ、もしも姉が、妹のふりをして、妹の恋人とそういう――体の関係になったとしたらその意味は……」
「そうだねえ」
由紀子はおかわりのビールを店員から受け取りながら、言った。
「妹がどんな風に愛を囁かれてどんな風に触られるのか、もっと言えば妹がその目で見るもの――恋人の表情とか掛けられる言葉とか、雰囲気なんかも共有したい――再体験したいってことかと思う」
……再体験
その言葉を嚙み砕こうと努力し――李加は頭を振った。
理解が追い付かない。
「なんにしてもカウンセリングが必要なレベルだよ」
「……そう、ですよね」
「ところで李加さんに双子のお姉さんがいるなんてね。宮原クンには話してないんだね」
「!」
友人の話、と言ったのに由紀子にはお見通しだったようだ。
李加は滲んできた汗を指の腹で拭った。
「どうするの? 宮原クンに打ち明ける? 『あの日は私じゃなくて姉と関係を持ったんだよ』って」
「……まだ、どうしたらいいか分からなくて」
李加は観念して白状した。
実李のことを知り合いに話したのは、故郷を捨ててから初めてだった。
+
結局結論が出ないまま、時間だけが過ぎた。
李加は、実李がいつ自分の前に現れるのかと、毎日緊張していた。
下着を残していった――という状況から考えれば、自分の存在を隠すつもりはない……、むしろその逆だから。
だが李加の覚悟に反して実李は現れなかった。そして李加は実李との対峙をあきらめた。
妊娠したのだ。