姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
「女の子だったら“麦”だよね!」
光輝は、膨らんでもいない李加の腹を触りながら言った。
「気が早いよ……っていうか、よく覚えてたね」
――『子供が生まれたら名前決めてるんだ』
李加が過去、なにげなく話したことだった。
「結婚しよ」
光輝から、当然のようにプロポーズされた。
「もう少し稼ぐようになってから……と思ってたけど、結婚してから頑張ってもいいよね。東京へ行こう!」
「え、なにもそこまでしなくても」
「俺たちのためもあるけど、生まれてくる子のためにもそうしようよ、良い教育を受けさせたい!」
光輝の決意は強かった。悪阻が始まってしまったこともあり、すべて光輝に任せた。
――出産、育児、慣れない環境、新たなチャレンジと、李加の日々は目まぐるしく変化した。
麦は光輝に似て明るく活動的で、屈託のない子供だった。我が子は目に入れても痛くない――という表現があるが、光輝もそうだった。生まれた瞬間から麦を溺愛した。成長の記録を撮りためて誕生日には光輝の両親を招待し、それを鑑賞するのが恒例行事となった。あの日までは。
“あの日”――――
父から電話があった。
李加はスマホに表示された『実家』の番号を凝視した。
……間違えて掛けてきたとかじゃ、ないよね?
両親から縁を切られたのは、光輝との結婚が決まり両親に報告をした時だった。
これまで帰省しなかったことを詫び、妊娠の事実も明かした。だが両親から返ってきたのは祝福ではなかった。
――なんてことをしてくれんだ。まさか実李の『婚約者』を奪うなんて
――どれほど実李を傷つけたら気が済むの
李加はもちろん否定した。必死に。
けれど実李を全面的に信じている両親には届かなかった。
李加は誤解を解くことをあきらめた。
自分が両親に対して不義理であったことも、両親にとって実李が『優しい娘』であることも事実だ。
逃げるように故郷から離れた李加はこれまで両親を気遣うこともしなかった。その穴埋めはきっと実李がやったのだろう。両親が自分を信じないことは自業自得かもしれないと、思ったのだ。
……それに私には光輝と、お腹の赤ちゃんがいる。
自分の家族を大切にしていこう、と気持ちを切り替えた。
李加は恐る恐る、受話器マークをフリックした。