姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
ぼさぼさの髪で、髭もそらず、こけた頬をさらして唸るように言った。
「子供の頃から必死に勉強して医者になって、初恋を実らせて結婚して、生まれた娘も最高に可愛い――幸せだったんだ……」
「……」
「親になんて説明したらいい? 麦には……? 俺、『勝手に』最低な人間になったんだよ……」
「ごめん……ごめんね、光輝……、こんなことに巻き込んで……ごめんね」
ふたりで泣きながら互いを抱きしめ合った。
光輝は涙を拭き、声を落とした。
「その子を引き取るしか、ないんだろう……? 俺の子供として……」
「私も、母親に……なるわ……」
ふたりには、それ以外の選択肢が思いつかなかった。
光輝は項垂れた。
「ただ、俺たちの子として育てるなら、麦と誕生日が近すぎる……双子――にしよう。病弱で、生まれてすぐ実家に預けたことにしよう。つっこまれたら俺が――その都度答えを用意するから」
「そうだね、……うん、それがいいね」
出生に関わることだ、誤魔化せるようなものではない。それでも李加は不安に囚われた光輝の、その狭い考えに同調した。
「麦に嫌われたくないよ……」
絞り出すような光輝の声が耳の奥で消えなかった。
睦美を引き取ってからの光輝は人格が変わってしまった。
――「宮原さんの旦那さんって静かで無口よね、話しかけづらいというか」
「まあ、お医者サマだから……」
李加のママ友や近所の人たちは光輝をこう表現する。
自分で決めた――誰かに聞かれたら俺が答える――が、光輝をそうさせているのだろう。結果として、聞かれる隙を作らないように生きるしかなくなったのだ。
ただ、救いだったこともある。
葛藤を抱えながら迎えた睦美がとても聞き分けのいい子だったことだ。……そこに麦も加わってくれれば『家族らしく』なれたかもしれない――そんなことを連絡を取り合っている由紀子に話すと、由紀子は深刻にならない口調で言った。
「逆なのかも。麦ちゃんの反抗期がなくてイイ子すぎたら、罪の意識で宮原クンが壊れちゃってるかも」
あの時、李加は救われた思いだった。
……だからって、麦を放置してしまったことは、よくなかった……
「私、母親失格だ……」
家族のバランスを取るために、麦を犠牲にして罪の帳尻を合わせたなんて。
自分たちの言い訳がどれほど麦を追い詰めていたのか、李加は今日初めて知った。
……私の子――、心の底から愛おしいのは麦、ただひとり
「まずは麦に謝らないと……」
そして、夫にもこの事実を話さなくてはいけない。
李加は、なんとか重い頭を持ち上げて、ハンドルを握り直した。