姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
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家に帰ると、睦美がいた。
「――睦美? どうしたの、今日はお出掛けじゃなかったの?」
部屋の中が暗いのかと電気を点けた。陰険な表情が蛍光灯に一瞬浮かび上がり、すぐに柔らかい笑顔になった。
「ママ、おかえりなさい」
……見間違え?
李加は「ただいま」と取り繕った。
抗えず過去を振り返ったせいか、神経が過敏になっているようだ。
……そうよね、睦美は、実李の子供なのよね
もちろん、一秒も忘れたことはない。どんなに可愛がっても、睦美を『本当の娘』だと思ったことはなかった。
――『赤ちゃんが生まれたらどんな名前がいい?』
まだ子供だった頃、少女漫画に影響されて実李とそんな会話をした。
「実李は決めてる?」
「うーん、……李加は?」
「私? 私はね、『む』から始まる名前にするんだ!」
当時、夢中で読んでいた漫画のヒロインが『むーちゃん』と呼ばれていた。それに影響されたのだ。
「“むつみ”とか“むつき”とか“むぎ”とか、かわいいよね」
――実李は賭けに出たのだろうか
睦美が先に生まれなければ李加が付けた名を、自分の子供にも付けたのではないか?
その可能性を想像しただけで、李加は心臓を鷲掴みされたような気分になる。
……あの時、候補の名前をひとつだけ答えなくて良かった
そんな無意識の選択にしか、拠り所がないことがやりきれない。
実李が『あんなこと』さえしなければ、自分たち家族はどれほど幸せだったかと考えない日はない。
それでも、半分は光輝で出来ている睦美をしっかり育てなければとも思う。それに……
睦美を大切にすれば、実李の死によって永遠に知ることができなくなった『なぜ?』への苦しみ――消化不良のようなこの感情が、少しは整理できるような気がした。
由紀子はそれを『修復的再演』『哀悼作業』だと言った。なるほど……と李加は静かに受け入れた。
自分の感情に名前が付いていることにどこかでほっとしたのだ。
「今日、お出掛けじゃなかったの?」
「うん、その予定だったんだけど、なくなったの」
「そうなのね」
「ママはどこへ行ってたの?」
「えっとね――」
口を開きかけて、麦の言葉を思い出した。
何かを深く考えたわけではない、ただ、押されるように『麦の言葉』をなぞっていた。
「“麦の成人式の着物を買いに行ってたの”」
「……」
睦美の片方の眉が一瞬歪んだのを、李加は確かに見た。けれどすぐに綺麗な笑顔に吸収されていった。
「そうなんだね! あ、でもね、ママ……」
睦美は申し訳なさそうな、泣きそうな、李加にとって見慣れた表情を作った。
「この前、睦美とママとで着物見に行ったでしょう? あのこと麦ちゃんに話したの。そしたらね」
その先の言葉は、麦が想定した通りだった。