姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
指定した店で麦の母と向き合った。
麗は改めて自己紹介した。
そうして世間話のような会話を少し。
「――麦は、ご迷惑かけてない?」
「いえいえ! 逆です! 手際が良くて助かってます」
「そうなの?」
「入ったばかりでゴールデンウイークがきたのに即戦力で、みんな感謝してました!」
「なにもできない子だと思ってたのに、麦ったら……」
照れ隠しか、言葉のわりに目尻が緩んでいる。
頃合いを見計らって本題に入った。
「むーちゃん、悩んでました」
「……そう、よね」
カフェの窓が暗くなった。
どこかで雨が降っているのかもしれない。
湿った空気に流されそうになり麗は気を引き締めた。
「麦が悩んでいるのは……姉、のことよね?」
その震える眼差しに、麗は頷いた。
「はい。子供の頃から、苦しめられてきたので」
「……私、母親なのに、何も知らなくて……」
「実は」
麗は言葉を選びながら伝えた。
「この前、むーちゃんママの実家へ一緒に行きました」
「……っぃっ」
麦の母は声にならない声を喉の奥から出した。
「すみません。勝手に。だけどそれだけむーちゃんは追い詰められていたんです」
「……そ、れで、麦は……」
「近所に住んでいる岡田さんって人に会って、むーちゃんママと“お姉さんの母親”の話を聞きました」
「……」
麦の母は、自分の腕を抱きしめて吐息を漏らした。
少し沈黙が続いた。
麦の母はそのことに気づかないみたいだった。
麗は意志を持って口を開く。
「むーちゃんはずっと自由を取り上げられてきました。もう限界なんです」
「……れいちゃん、知っているなら教えてほしいの、どうしてそんなことに……なったのか」
「それは――」
麗は握りしめた両手にぐっと力を込めた。
「むーちゃんが、子供の頃に木から落ちて入院したこと、覚えてますか?」
麦の母は必死に記憶を辿っている。
「そうね、あったわ――睦美が家にきて間もなくの頃だった……」
「あの時です」
麗は、ここにはいない睦美に怒りを込めて、遠慮を捨ててぶちまけた。
麦から聞いた『あの日』のことを。
麦が睦美の胸元に一生消えないほどひどい傷痕を残したと信じ込まされ、そのせいでずっと睦美の支配下に置かれて、なにもかも奪われてきたことを。
「……」
言葉も出ない麦の母からは表情が消えていた。
「これを、見てください」
麗は麦から転送された動画を開いた。
いつのまにか、母親は麗のスマホを両手で握って目を見開いて画面を凝視していた。
「……これが、睦美……、麦が、こんな……」
動画が終わると、母親の目から止めどなく涙が落ちた。まるで血が流れているみたいだった。
「……」
麗は、唾を飲み込んだ。
……大人がこんな風に泣くところなんて、初めて、見た
「……許せない……母娘で、同じことを……私の娘にまで……」
「……」
ところどころ聞き取れない言葉の断片を、なんとか拾った。
……同じこと?
……娘にまで、って
どういう意味?
底知れぬ不穏ななにかを無意識レベルで感じ取り――、それがなにかが分からないまでも、麗はうろたえた。
窓の外に六月の雨が降り始めた。