恋と焦燥のロードマップ
俺のほうから仕事の話をすることもあった。ただ、詳しいことまでやっぱりまだ話せなかった。朝が早かったとか、帰るのが遅くなったとか、今日は一日中人と一緒だったとか。雫が「大変そうだね」と言えば、「まあね」と笑って返す。それ以上、彼女が聞いてくることもなかったし、俺もわざわざ説明しようとはしなかった。
仕事の話をすれば、雫はそのとき聞いたことだけを受け取って、「大変そうだね」とか「ちゃんと寝てね」とか、そんな言葉を返してくれる。それ以上踏み込んでこないことが、最初の頃は少し不思議だった。でも、何度か会ううちに、それが雫なりの距離の取り方なのだと分かってきた。相手のことを知りたいからといって、無理に近づこうとはしない。聞かれたくないことがあるのなら、そこには触れずにいてくれる。だから俺も、雫といるときだけは、何かを演じる必要がなかった。
そんな時間が続いているうちに、俺たちは少しずつ互いの生活の中へ入り込んでいった。仕事が終わったときに連絡をする。帰宅してから少しだけ話す。休みの日には次に会う約束をする。最初は「また会えたらいいね」と言っていたのが、いつの間にか「次はいつ空いてる?」に変わっていて、その変化をどちらも口にすることなく受け入れていた。雫から届いた短いメッセージを見て、疲れていたはずなのに少しだけ笑っている自分に気づくことも増えたし、逆に、仕事が終わってスマートフォンを開いたときに何も届いていないと、ほんの少しだけ物足りなく感じることもあった。そんな小さな変化が積み重なって、気づけば俺の中で、雫と過ごす時間は「楽しみな予定」ではなく、なくしたくない日常になっていた。
だからこそ、そろそろ話さなければならないと思った。自分が何者なのかを。
もちろん、雫に隠し続けたいわけではなかった。ただ、南條湊斗という名前を出した瞬間に、今まで二人の間にあったものまで変わってしまうのが怖かった。俺はこれまで、俳優として誰かに見られることには慣れていた。街で気づかれることも、作品を見たと言われることも、仕事として受け入れてきた。それでも、雫にだけは、そういうものとは関係のない場所で出会った人間として見ていてほしかった。
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