恋と焦燥のロードマップ
送られてきたIDを登録すると、アプリの味気ないシステム画面から、使い慣れたグリーンのトーク画面へと二人の会話は移行した。マッチングアプリの中の『みづき』は、そこで一度消え、俺の現実の連絡先に『美月』として確かに上書きされたのだった。
それからのつき並みの一週間、俺は仕事中もどこか上の空だった。
金曜日の夜に向けて、俺はいつもより入念に髭を剃り、お気に入りのネイビーのスーツを選んで家を出た。
午後七時半。約束の居酒屋の前。赤提灯の灯がアスファルトを濡らす路地裏で、俺は胸ポケットのスマートフォンを確認した。
『美月:もうすぐ着くよ!拓也、どこにいる?』
メッセージに返信を打とうとした瞬間、「拓也?」と、背後から少し高い、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこに彼女が立っていた。
アプリの横顔写真よりもずっと鮮明な、二十九歳の美月。髪は高校の頃よりも少し短く整えられ、シックなベージュのコートを着こなしている。大人の女性の落ち着きを纏っているけれど、俺を見上げて、少しだけ歯に噛むように目を細めたその笑顔は、あの放課後の部室で俺の心を奪った美月のままだった。
「……久しぶり、美月」
「うん、久しぶり」
二人の間に、十数年の月日が一瞬だけ、静かな風のように吹き抜けた。
通されたのは、店の一番奥になる小さな座敷の席だった。
木目のハゲかけたテーブルの上に、注文したばかりの生ビールが二つ運ばれくる。お互いにジョッキを持ち上げ、視線を合わせた。カラン、と控えめな音を立てて硝子を合わせる。
「ひとまず、お疲れ様。……と、本当に久しぶり」
「うん、お疲れ様。本当に久しぶりだね、拓也」
冷えたビールを喉に流し込む。美月は小さくぷはぁと息を吐き、「生き返るー」と細い指で口元を拭いた。その飾らない動作に、張り詰めていた俺の肩の力がまた少し抜ける。
「いや、本当に驚いたよ。マジで心臓止まるかと思った。」
「大袈裟だなぁ。でも、私もだよ?アプリの画面に拓也の顔が出てきた時、スマホベッドの下に落としちゃったんだから。しかも『真面目にお付き合いできる方を探しています』って、何あの真面目くさった文章。高校の時の拓也なら絶対書かないでしょ」
それからのつき並みの一週間、俺は仕事中もどこか上の空だった。
金曜日の夜に向けて、俺はいつもより入念に髭を剃り、お気に入りのネイビーのスーツを選んで家を出た。
午後七時半。約束の居酒屋の前。赤提灯の灯がアスファルトを濡らす路地裏で、俺は胸ポケットのスマートフォンを確認した。
『美月:もうすぐ着くよ!拓也、どこにいる?』
メッセージに返信を打とうとした瞬間、「拓也?」と、背後から少し高い、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこに彼女が立っていた。
アプリの横顔写真よりもずっと鮮明な、二十九歳の美月。髪は高校の頃よりも少し短く整えられ、シックなベージュのコートを着こなしている。大人の女性の落ち着きを纏っているけれど、俺を見上げて、少しだけ歯に噛むように目を細めたその笑顔は、あの放課後の部室で俺の心を奪った美月のままだった。
「……久しぶり、美月」
「うん、久しぶり」
二人の間に、十数年の月日が一瞬だけ、静かな風のように吹き抜けた。
通されたのは、店の一番奥になる小さな座敷の席だった。
木目のハゲかけたテーブルの上に、注文したばかりの生ビールが二つ運ばれくる。お互いにジョッキを持ち上げ、視線を合わせた。カラン、と控えめな音を立てて硝子を合わせる。
「ひとまず、お疲れ様。……と、本当に久しぶり」
「うん、お疲れ様。本当に久しぶりだね、拓也」
冷えたビールを喉に流し込む。美月は小さくぷはぁと息を吐き、「生き返るー」と細い指で口元を拭いた。その飾らない動作に、張り詰めていた俺の肩の力がまた少し抜ける。
「いや、本当に驚いたよ。マジで心臓止まるかと思った。」
「大袈裟だなぁ。でも、私もだよ?アプリの画面に拓也の顔が出てきた時、スマホベッドの下に落としちゃったんだから。しかも『真面目にお付き合いできる方を探しています』って、何あの真面目くさった文章。高校の時の拓也なら絶対書かないでしょ」