雪月公は菫の花に微笑む
「好きに調べなさい」
「よろしいのですか」
「止めても無駄でしょう」
「そうですね」
「否定くらいはしていただきたいものですが」
「嘘は苦手です」

 ミカエルは返された言葉に何か思うところがあったのか、視線を少し和らげて静かな笑みを浮かべた。

「ただし、条件があります」
「お聞きします」
「一つ、領民に無用な不安を与えないこと。二つ、軍事施設へ入る際は必ず私か、私が指定した者の許可を得ること。三つ、得た情報を皇都へ送る前に、必ず私へ見せること」
「三つ目は承諾できません」

 今度はミカエルの方が手元から目を上げ、ヴィオラの顔を見た。

「ほう」
「私は皇帝陛下から密命を受けています。報告先は陛下です」
「ここは私の領です」
「承知しています」
「承知していて、それを言う」
「はい」

 食堂の空気が、再び冷える。だが、今度の沈黙は険悪ではなかった。どちらが先に譲るかを測る、静かな間だった。

 沈黙のまま考えを巡らせていたミカエルが、やがて口を開いた。

「では、訂正しましょう。領内の機密に関わる情報を皇都へ送る前には、私に確認を求めること」
「確認であれば承諾します。許可ではなく」
「……貴女も大概、面倒ですね」
「閣下ほどではございません」
「それは先ほども聞きました」
「何度でも申し上げます」

 ミカエルは今度こそ小さく笑う。玄関先で見せた冷たい微笑みとは違い、ほんのひとときだけ、そこには人間らしい温度が覗いた。

「よろしい。では明日、港町へ案内しましょう」
「ノルドハーヴェンですか」

 その名を出した瞬間、ミカエルの瞳が微かに動いた。

「仕事が早い」
「参謀官ですので」

 ミカエルは考えを整理するように、椅子の背へゆっくり身体を預けた。

「ノルドハーヴェンは北の港です。皇都の方が想像するような優雅な港町ではありません。風は強く、海は荒れ、漁師も商人も口が悪い」
「問題ありません」
「転んでも手は貸しませんよ」
「自分で立てます」

 軽口の裏にある立場と判断を受け止めてから、ヴィオラは改めて相手へ向き直った。

「でしょうね」

 そう言うミカエルの声は、柔らかかった。

 食事が終わる頃には、少なくとも明日の予定だけは決まっていた。

 ヴィオラは港町ノルドハーヴェンへ向かう。案内役は、ミカエル本人。ウォルターズ領に来た初日としては、得られたものは多い。

 だが、同時に分かったこともある。ミカエル・ウォルターズは、簡単には本心を見せない。

 そして、彼は北のことになると、皇都で聞いた噂以上に鋭くなる。
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