雪月公は菫の花に微笑む
 翌朝、ヴィオラは夜明け前に目を覚ました。窓の外はまだ暗い。だが、雪明かりのせいか、完全な闇ではなかった。

 薄青い光が中庭を覆い、白い木々の枝が揺れている。皇都の朝とは違う。鳥の声も、馬車の音も、人々のざわめきもない。ただ、雪がある。

 ヴィオラは身支度を整え、軍服の上に厚手の外套を羽織った。グレンが用意してくれた北方用の手袋は、昨日まで使っていたものよりずっと厚い。動きにくいかと思ったが、指先は意外なほど自由に動いた。

 部屋を出ると、廊下には既に灯りが点っていた。

 使用人たちは穏やかに動いている。廊下を掃く者、薪を運ぶ者、朝食の準備に向かう者。誰も大声を出さず、足音も小さい。雪国では、音を立てないことが身についているのかもしれない。

 玄関広間へ降りると、ミカエルは既にそこにいた。

 今日の彼は、公爵としての礼装ではなく、動きやすい濃灰色の外套を纏っている。長い金髪は緩く後ろで束ねられ、腰には細身の剣が下げられていた。

 ──剣。ヴィオラの視線がそこへ向いたことに、ミカエルはすぐ気づいた。

「意外ですか」
「いえ」
「公爵が剣を持つのは飾りだと?」
「そう思うほど、皇都で育ってはいません」
「なるほど。辺境の方は、飾りの剣と実用の剣の違いくらいは分かる」
「閣下の剣は、使われている剣です」

 ミカエルはすぐには答えず、ヴィオラの言葉を測るようにしばらく沈黙した。

「……よく見ていますね」
「癖です」
「本当に嫌な癖だ」
「自覚はあります」

 ミカエルの声は昨日よりも少し軽い。ヴィオラを歓迎していないことには変わりないが、追い返すだけの対象ではなくなったのかもしれない。

 外へ出ると、冷たい空気が一気に肺に入り込んできた。

 馬車ではなく、馬が用意されている。

「港町までは馬で向かいます。馬車では時間がかかりすぎる」
「問題ありません」
「乗れますか」
「乗れます」
「では、落ちないでください」
「善処します」
「落ちた場合、拾いはします」
「手を貸さないのでは?」
「それは転んだ場合です。落馬は拾わなければ邪魔になります」
「邪魔」
「ええ」

 ヴィオラは手綱を受け取りながら、少し息を吐いた。

 腹の立つ男だ。だが、会話をしていると妙に調子を崩される。

 ミカエルは相手を怒らせるぎりぎりのところを歩くのが上手い。しかも、その言葉の端には必ず観察がある。ただの嫌味ではないから、余計に厄介だった。

 馬に乗ると、ミカエルは先に進んだ。
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