雪月公は菫の花に微笑む
「ここがノルドハーヴェンです。北方交易の要であり、ウォルターズ領の心臓の一つでもある」
「心臓」
「ええ。ここが止まれば、北は弱ります」
ミカエルの声に、昨日とは違う重みがあった。
ヴィオラは港全体を見渡した。視界に入る船と倉庫の位置を確かめ、そこへ警備兵や荷車の動きを重ねる。
商人たちが行き交う動線と軍港へ繋がる道筋まで追えば、税の管理所や補給倉庫が、この港のどこで機能しているのかも見えてくる。ここを乱されれば、確かに北は揺らぐだろう。
「消えた交易船について、記録を見せていただけますか」
「用意してあります」
「早いですね」
「貴女が来ると分かった時点で、必要になると判断しました」
「……私を追い返すつもりだったのでは?」
「追い返せれば、それに越したことはありませんでした」
「では、なぜ用意を」
「貴女は帰らないでしょう。ですから、用意しました」
それだけ言って、彼は再び歩き出した。
ヴィオラは一瞬だけ立ち止まった。歓迎されているわけではないのに、仕事を通して向き合ううち、ヴィオラは不思議な感覚を覚え始めていた。
まだ全面的に信用されたわけでもない。それでも、少なくとも仕事を任せられる相手としては、すでに認められつつある。
ミカエル・ウォルターズは、相手を嫌っていても必要な仕事はする男なのだ。
倉庫の一角に設けられた執務室で、ヴィオラは交易記録に目を通した。
消えた船は三隻。いずれも冬の荒れた海に出ている。
ただし、天候記録を見る限り、沈没と断定するには不自然な点が多い。積荷は毛皮、塩漬け魚、薬草、そして北方で採れる鉱石。流通していれば目立つものだ。
「積荷の一部が南方市場に流れた可能性があります」
ヴィオラは説明の筋道を頭の中で確かめるように一拍置き、それから納得を示して静かに頷いた。
「ええ。こちらでも掴んでいます」
「では既に調査を?」
「もちろん」
「皇都には報告されていませんでした」
「確証のない情報を送る趣味はありません」
「確証を得る前に共有すべき情報もあります」
「皇都が余計な騒ぎを起こさない保証は?」
ミカエルの声は冷たかった。ヴィオラは書類から顔を上げる。
「皇都を信用していないのですね」
「信用する理由がありません」
「陛下も?」
「皇帝陛下は評価しています」
「信用とは違う、と」
「ええ」
「心臓」
「ええ。ここが止まれば、北は弱ります」
ミカエルの声に、昨日とは違う重みがあった。
ヴィオラは港全体を見渡した。視界に入る船と倉庫の位置を確かめ、そこへ警備兵や荷車の動きを重ねる。
商人たちが行き交う動線と軍港へ繋がる道筋まで追えば、税の管理所や補給倉庫が、この港のどこで機能しているのかも見えてくる。ここを乱されれば、確かに北は揺らぐだろう。
「消えた交易船について、記録を見せていただけますか」
「用意してあります」
「早いですね」
「貴女が来ると分かった時点で、必要になると判断しました」
「……私を追い返すつもりだったのでは?」
「追い返せれば、それに越したことはありませんでした」
「では、なぜ用意を」
「貴女は帰らないでしょう。ですから、用意しました」
それだけ言って、彼は再び歩き出した。
ヴィオラは一瞬だけ立ち止まった。歓迎されているわけではないのに、仕事を通して向き合ううち、ヴィオラは不思議な感覚を覚え始めていた。
まだ全面的に信用されたわけでもない。それでも、少なくとも仕事を任せられる相手としては、すでに認められつつある。
ミカエル・ウォルターズは、相手を嫌っていても必要な仕事はする男なのだ。
倉庫の一角に設けられた執務室で、ヴィオラは交易記録に目を通した。
消えた船は三隻。いずれも冬の荒れた海に出ている。
ただし、天候記録を見る限り、沈没と断定するには不自然な点が多い。積荷は毛皮、塩漬け魚、薬草、そして北方で採れる鉱石。流通していれば目立つものだ。
「積荷の一部が南方市場に流れた可能性があります」
ヴィオラは説明の筋道を頭の中で確かめるように一拍置き、それから納得を示して静かに頷いた。
「ええ。こちらでも掴んでいます」
「では既に調査を?」
「もちろん」
「皇都には報告されていませんでした」
「確証のない情報を送る趣味はありません」
「確証を得る前に共有すべき情報もあります」
「皇都が余計な騒ぎを起こさない保証は?」
ミカエルの声は冷たかった。ヴィオラは書類から顔を上げる。
「皇都を信用していないのですね」
「信用する理由がありません」
「陛下も?」
「皇帝陛下は評価しています」
「信用とは違う、と」
「ええ」