雪月公は菫の花に微笑む
 昼を過ぎる頃、机の上には北方関係の書類が幾つもの山になっていた。ウォルターズ領から皇都に届く報告は簡潔で、税も交易も冬季備蓄も、必要な数字だけが過不足なく揃っている。

 十八年もの間、皇都に姿を見せない北の公爵は雪月公と呼ばれていおり、名をミカエル・ウォルターズというらしい。

 彼は余計なことを語らず、必要なことだけを寄越す。その几帳面さゆえに、ひとつの不自然さがかえって目についた。

「……この申請だけ、書式が違う」

 北方第三砦の名で提出された追加補給申請である。冬季用の油、乾燥肉、馬匹飼料に混じって、矢尻と剣帯の補充が記されている。

 量そのものは騒ぐほどではない。印章にも不備はなく、財務側ではすでに支出処理が済んでいた。けれど、ウォルターズ家から届いた同時期の備蓄報告には、第三砦の不足など一行もない。それどころか、冬を越すには十分な在庫があると記されている。

 ヴィオラは前月、その前月へと遡った。
 似た申請が二件。いずれも少量で、目立たない。だが三件を重ねると、荷の受け渡し先がすべてノルドハーヴェン方面の中継倉庫へ変更されていることが分かった。

 本来、北方砦への軍需品は内陸街道を通す。海沿いに迂回させる理由がない。さらに奇妙なのは、変更を許可した署名だった。筆跡はそれぞれ違うのに、数字の七だけが、三枚とも同じ癖で跳ねている。

「副団長を呼んでください」

 ほどなく現れたアスラン・デュークは、ヴィオラの机を見るなり眉を寄せた。

「また書類の山か。お前、そのうち紙に埋もれて死ぬぞ」

「その前に、これを見てほしい」

 軽口を受け流して三枚の申請書を差し出すと、アスランの表情から笑みが消えた。ヴィオラは、ウォルターズ家の備蓄報告と申請書を並べ、食い違いを一つずつ示した。

「北が嘘をついていると思うか?」

「まだ分からない。北の報告が虚偽なのか、この申請が偽造なのか、それとも途中で誰かが荷を抜いているのか。分からないから、確かめる必要がある」

「可愛げのない答えだな」

「可愛げで兵は守れない」

 アスランは呆れたように息を吐いたが、もう書類から目を離さなかった。やがて三枚を重ねると、短く告げる。

「陛下へ上げる。お前も来い」
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