雪月公は菫の花に微笑む
「お寒くはございませんか」
「問題ありません」
「皇都から来られた方は、皆様そう仰います」
「そして?」
「翌朝には大抵、暖炉の前から動けなくなります」

 当然のこととして告げられ、ヴィオラは意外さを隠せず眉を動かした。

「忠告として受け取っておきます」
「そうしていただけますと、老いぼれの心労が減ります」

 グレンは柔らかく言った。老いぼれ、と自分で言うには、足取りはしっかりしている。

 ヴィオラは彼の背中を見ながら、ウォルターズ家の使用人もまた油断ならないのだと理解した。


 案内された部屋は、想像していたよりも広かった。壁は淡い灰色で、床には厚手の絨毯が敷かれている。大きな窓の外には、雪に覆われた中庭が見えた。

 部屋の奥には寝台と机、書棚、そして暖炉があり、すでに火が入れられている。旅装を解くための小部屋も隣にあり、客室というより、長期滞在者のために用意された部屋のようだった。

「こちらをお使いください。湯の支度もすぐに整えます」
「ありがとうございます」
「お食事は一時間後に。公爵様も同席されます」

 予想していたほど拒まれなかったことに、ヴィオラは少し意外さを覚えた。

「同席されるのですか」
「はい。公爵様がそうおっしゃいました」
「歓迎はしないと仰っていましたが」
「客人としての扱いはなさる、という意味でございます」

 グレンの声には、当主への静かな誇りがあった。

 ヴィオラはそれを聞き逃さなかった。

 ミカエル・ウォルターズは、きっとこの屋敷の者たちから深く信頼されている。玄関先であれだけ毒を吐いておきながら、家中に漂う空気は冷えきっていない。

 それどころか、使用人たちは落ち着いていて、どこか穏やかだった。恐れられるだけの主なら、こうはならない。

「カルネット参謀官」
「何でしょう」
「公爵様は、言葉の鋭い方です」
「存じています」
「ですが、言葉ほど冷たい方ではございません」
「それだけ、お伝えしておきたく」
「……覚えておきます」
「では、後ほど」

 扉が閉じる。部屋に一人になると、ヴィオラは外套を脱ぎ、机の上に皇帝から預かった封書を置いた。
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