『サレ妻の日常謎解き録 〜浮気夫の嘘、すべて解明いたしました〜』
 夫の浮気を疑った妻なら、ここでスマートフォンを盗み見たり、感情のまま問い詰めたりするのかもしれない。

 だが、私は違う。

 整理整頓の基本は、まず「不要なもの」を特定すること。

 我が家に紛れ込んだ不必要な粗大ゴミを、感情に惑わされず、正確に洗い出さなければならない。

 翔太が不倫をしている。

 そう判断するまでに、私はここ数日、我が家で立て続けに起きた三つの日常の謎を、順番に照合していった。

 最初に気づいたのは、バターだった。

 お菓子作りなど一切しないはずの翔太のスーツから、ほのかに甘い焼き菓子の香りがした。

 さらに、冷蔵庫に入れておいた高級バターが、毎週水曜日の前後だけ、容器ごと不自然に消えている。

 ゴミ箱には、見覚えのない焼き菓子の包み紙まで残されていた。

 バターを持ち出し、どこかで菓子作りに使ったと考えれば、三つの事実はひとつの線でつながる。

 だが、香りだけではまだ決め手に欠けた。

 次に、スラックスに残された甘い香水の残香が加わった。

 居酒屋の煙草臭でも、職場のコーヒー臭でもない。

 若い女性が好みそうな、人工的なバニラとフローラルの香り。それが決まって、水曜日の夜だけ彼の服に付着していた。

 焼き菓子の匂いに混じったその香水は、単なる職場の残り香ではない。

 誰かと近い距離で、長い時間を過ごしたときに移る匂いだった。

 そして最後に、郊外のカフェのレシートを見つけた。

 会社の経費精算用だと言って、翔太がテーブルに雑に放り出していた領収書。その中に一枚だけ、「カフェ・ド・ルポ」のレシートが紛れ込んでいた。

 注文内容は、パウンドケーキセットとカフェラテ。

 時刻は、水曜日の午後七時。

 残業中のはずの男が、なぜ都心から三十分も離れた郊外のカフェで、誰かとケーキを食べていたのか。

 しかも、その店は翔太の勤務先とは反対方向にある。仕事の延長で立ち寄ったという説明は、地理的にも時間的にも成り立たない。

 バターの行方を示す焼き菓子の香り。
 その場に誰かがいたことを匂わせる甘い香水。
 そして、会っていた時間と場所を記録したレシート。
 ここまで揃えば、偶然である可能性は限りなく低い。

「……ふふ」

 キッチンのシンクで皿を洗いながら、私は小さく口元を緩めた。

 バラバラだったピースが、脳内でパチリと音を立てて噛み合っていく。
< 2 / 9 >

この作品をシェア

pagetop