楽園で紅茶とチョコレートを
 10

「し、静かに」
 一階からウォーカーの足音が聞こえた。
「「ウォーカー」だ」
「叔父様とお義兄さん、それとジョンの仇!」
 ロザリーは「怖さ」を振り払うかのように、ダレンから離れ、足音のする一階へと向かった。それは、ただ怯えている自分に対する「反発」だった。
「ロザリー!」
 ダレンも、ロザリーを追って一階へ。
〈彼女をウォーカーと会わせてはいけない!〉
 ウォーカーは、足音は聞こえるがその姿は見えない。ただ、そこに「何か」が居ることは確かだ。ダレンはジェームズから「逃げなさい」と言われたことで、ウォーカーの足音と重なる時「悲劇的な事態」が起こってしまうと予測している。ロザリーをウォーカーと会わせてはいけないと。

 * * * * *

 一階へと降りてロザリーを引き止めた。
「ダレン! ウォーカーは何者なの?」
「未来でも、ウォーカーが何者かは分かっていないんだ」
 ダレンはあれから、未来の邸で、何度もウォーカーの足音を聞いている。
 ウォーカーがどこを歩くのか、どこを歩かないのかを把握している。一階に現れると二階へ上がり、二階の廊下の行き止まりに達すると消える。あるいは、そこから踵を返して歩いてきた道を戻り、その後に地下室へ降りていく。
「やつと、出会ってはいけない」
 ダレンはそう伝えたが、ロザリーも相当のフラストレーションを感じていたようで、ダレンの言葉に「確かめるわ!」と答えた。
「自分の邸なのに、知らない存在が歩き回っているのは嫌!」
「駄目なんだ。ロザリー」
「どうして!?」
 ダレンはジェームズの言葉を思い出していた。
「未来でも「ウォーカー」は邸を夜中さまよい歩いている。それと、未来の邸に、強力な魔力を持った「ジェームズという執事」が居る。その彼は「必ず逃げろ」と言っているんだ。ジェームズは「敵わないだろう」と言っている。やつは恐ろしい存在なんだ。俺もロザリーもやつと出会えば悲劇的なことになる」
 ダレンは少し言いにくそうに「愛犬のジョンのように」と言った。
 ロザリーはそれを聞くと、愛犬のジョンが亡くなった「無残な姿」を思い出したかのようにきゅっと服の袖を掴んだ。
 二人がそうしている間にも足音が二人に近づいている。
「どこかの部屋に逃げ込まないと」
 ダレンは一時、ウォーカーから逃れようと「近くの空き部屋」のドアノブを回そうとした。だが予想外に、扉に鍵がかかっていた。
「この部屋。鍵がかかっている?」
 ダレンの言葉にロザリーが答える。
「この前、使われていない部屋に鍵をかけたの。邸に足音が聞こえるから不気味に感じていて「あの足音の正体が、空いている部屋に入り込んで住み着いたら怖いな」って思ったの。だから、空き室は鍵がかかっているわ」

 二階のロザリーの部屋に戻るには、もう遅い。二人がロザリーの部屋に着く前にウォーカーに追いつかれてしまうだろう。
「どこか空いている扉はないのか?」
 急いで一つ一つ、ドアノブを回していくと「ガチャリ」と開いた部屋があった。一階の廊下の角「物置部屋」だ。ここは、さっきまで「未来の邸」で、ダレンが玄関の清掃に使っていた「掃除用具」が収められている。
 ウォーカーの足音はすぐ側までやってきていた。
「ロザリー。ここに隠れよう」
 ダレンは、躊躇ったロザリーの手を握って、その物置部屋へ隠れた。二人は暗闇の中で身を寄せ合うように息を潜めた。ダレンはロザリーを安心させるために小声で「やつは部屋へ入ってこないんだ。息を潜めて」とロザリーに伝える。
 何も見えない中、ウォーカーの足音が小部屋の前を通る。
 その時、確かに異形の気配を感じた。
 苦しそうな「うめき声」が僅かに聞こえて、二人は緊張の中でウォーカーに見つからないように息を止めて、この危機をやり過ごす。ウォーカーの足音は、物置部屋の前を通り過ぎて遠ざかっていく。足音が消えた。

 しばらくは廊下に出れなかった二人だったが、今の状況を確認するためにも、音を立てないように気をつけながら一階の廊下へと出た。
 幸いウォーカーの気配は消えていた。
「もう大丈夫だ。ロザリー」
 ロザリーは震えていてダレンに抱きつく。
「ダレン。あなたが居てくれてどんなに心強いか、分かったわ」
 ダレンは、別に自身がウォーカーに対して何かをしたわけでもなく、ただ身を隠しただけということもあって、感謝されても少しむず痒かった。
 もしも自分が「強い本物の騎士」だったのなら、ウォーカーをやっつけられたのだろうか。そう思った。だからロザリーに向かってかっこいい言葉も言えず「とりあえず部屋の鍵を開けておいた方がいいかも」と言った。
「ロザリー。各部屋の鍵を持っているかい?」
「邸の「マスターキー」なら、いつも邸の決められた場所にかかっているわ。それを使えば、邸の全ての扉の鍵を開けることが出来るはず」
「いざという時のために、部屋の鍵を開けておこう。だけど「地下室の鍵」は開けてはいけない。いいね? 地下室へ行ってはいけない。それだけは守ってほしい。地下室へ続く階段に居る時、やつが現れたら逃げ場がないんだ」
「分かった、ダレン。あなたの言う通りにするわ」

 二人はキッチンの壁にかかっていた「マスターキー」を手にする。
「マスターキー」は鉄の輪で各扉の鍵を束ねている。
 二人は一緒に邸の中を歩き、開けるべき部屋の扉を開けていく。ダレンは邸の使用人として「未来の邸で、どの部屋の鍵が開いていて、どの部屋が閉まっているか」を把握していた。マスターキーで「同じ状態」にしていく。
 その中で二人の会話は「地下室」のことになった。
「地下室は、叔父様からも近づかないように言われていたの。理由は分からないわ。マスターキーに鍵はあるけれど、ダレンの言う通り近づかないことにする。私も、地下室に何があるのか分からないけれど」
「「開かずの部屋」と未来で呼ばれているくらいだから、危険なことだけは確かだと思うよ。おそらくそこにウォーカーが潜んでいる」
「私の邸なのに。ダレンの方がよく知っているのが少し悔しいわ」
 ロザリーはそう言って不満そうに膨れて見せる。
 ダレンは、未来では見ることが出来ないロザリーの珍しい表情を見れたことで〈まあ、悪いことばかりでもなかったかな〉と感じていた。
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