楽園で紅茶とチョコレートを
 11

〈結局、ウォーカーとは何者なんだ?〉
 ダレンはウォーカーについて考えることが多くなった。その正体が何者なのか。ダレンの予想は「この森に居たという亡霊」や「悪魔」が、邸の中に入り込んだのではないかというものだ。そう考えていると。
「考え事ですか。ダレン」
 廊下の奥から現れたジェームズがダレンにそう聞いた。
「え、ああ。少し」
 ダレンはジェームズに話しかける。
「ジェームズ。ウォーカーのことなんだが」
 ジェームズはその話題に乗り気でない表情を浮かべる。
「この邸の中に何かヒントがあるんじゃないか? 前に聞いた「開かずの部屋」あの部屋に「ウォーカーの正体に関わる秘密」が隠されているかもしれない。その部屋の中を確認すれば、やつの正体を暴くことが出来るんじゃないか?」

「地下室へは行ってはなりません。ダレン」
 ジェームズは邸に慣れ始めたダレンが新しい事実を知るために、地下室へ行きたがっていると察して、改めて「地下室へは向かわないように」と、再度ダレンに釘を刺すように「警告」をする。
「まず「開かずの部屋」は扉が閉まっている状態でも邪気が溢れています。霊的に危険な場所になっています。あなたはもちろん、私でさえも、近づけば悪い影響を受けるでしょう。近づくこと自体が危険です」
「俺は「地下室の扉」を見たことがない」
「見ないでいいことからは目をそらしなさい」
「俺は多くの大人や教育者から「まずは現実を見ることからはじめましょう」と言われていたよ。世界で起こっている問題や悲しみに目を向けることが「問題を解決するための第一歩だ」とね」
「人間の世界のことは分かりませんがね」
 ジェームズはダレンの言う「大人たち」に興味がなさそうだった。ジェームズにとってはその「大人たち」は自分よりも短い時間しか生きていないのに「偉そうに講釈を垂れ流す」そんな存在に思えるからだ。

「そもそも扉には鍵がかかっています」
「「マスターキー」で開ければいいだろう?」
「この邸に今、マスターキーはないんですよ」
「ないはずはないだろう? ロザリーが管理を?」
「いいえ。現在、この邸にはマスターキーが存在していなく「入れない部屋」が存在しています。幸いなことに、鍵のかかっている部屋は生活と関係ない場所です。普段の生活で困ることはまずないでしょう」
 ダレンは「この前の出来事」を思い返す。
「いや、確かに「過去にはマスターキーがあった」よ。俺は過去の世界でロザリーと一緒に邸の部屋の扉を開けて回ったんだ。どれも2007年と同じ状態にしておいたんだ」
「そうですか。ですが、今はマスターキーは失われています」
「つまり、何かがあって失われている」
「あなたがそう言うのなら、そうなのでしょう」
「邸を探せば出てくるんじゃないか?」
「どうでしょうね。私には何とも言えないですよ。私も過去に少し探したのですが、蜘蛛の私でさえ見つけることが出来なかった物は、人間のあなたがいくら探しても出てこないと思いますよ」
 マスターキーが失われていることが、ダレンには引っかかる。
「せめてあの後に誰が持っていたかさえ分かれば」
「一応、その予測はあるのですがね」
 ジェームズは苦い表情を浮かべる。
「「その人物」と出会うのはもう少し後のことでしょうね」

 * * * * *

 その夜。ダレンは夢を見る。
 ダレンは夢の中で意識は曖昧で、ダレンはそこに「自分」というものはあまり感じられない夢だった。ダレンは「自己」というものがあまり感じられない夢の中に居た。

 かつて、邸が建つ前の森の中だろう。
 森は鬱蒼としているが奇妙なことに今の森よりも邪気がない。薄暗いものの、普通の森のように感じた。森の中、黒いローブを来た魔術師と思われる男が一人で暮らしていた。その男は「ジェームズ・ウィルソン」と同じ顔だった。ただ、どこか「その表情」が違う。ダレンの知っているジェームズよりも表情が豊かで、その立ち振舞いも人間らしく映る。
 その夢の中の「彼」は森の中を歩く。
 足取りから「目的地」があることが分かる。
 歩いた先に「大きく立派な大樹」があった。その木の濃い緑色の葉が地面に大きな影を作っている。彼はその影の中に立ち、何か言葉を言った。するとその影の中から「美しき大樹の精霊」が彼の前に現れた。
 白いヴェールを纏った美しき女性の姿の精霊だ。白い首元が美しいブラウンの髪の大人の女性。精霊は少なくとも悪霊には見えず、むしろ神秘的な存在であることが伝わる。
 二人は会話をしていた。
 ダレンにその会話の内容は何も聞こえなかったが「大樹の精霊」と話す時、彼の表情は優しいものだった。それは彼が「ダレンの知っているジェームズと別人である」と示していた。また「大樹の精霊」も彼に優しい表情を向けている。二人の心に、種族の壁を越えた「優しい愛」があることが分かった。

「別の日」がダレンの夢の中に映される。
「役人と貴族と木こりたち」が「森の開発」のためにやって来た。
 彼らは「森を守ろうとした彼」を捕らえた。
 そして役人が嫌味のように書類を広げて、貴族がそこにサインをする。その後で「開発のためこの大樹を切り倒す」と言った。彼は止めるように訴えかけたが、聞き入れられずに、木こりが斧で大樹を切り倒そうとした。
 その時、捕らえられていた彼が叫ぶ。

〈この森に関わった者共は永久に呪われろ!〉

 夢の中。その声はダレンにもはっきりと聞こえた。
 あたりが急に暗くなり風がざわついた。
 黒い烏が不吉に鳴きながら飛び立って、悪霊の気配がした。人々は「男が何かした」とその場に組み伏せて、木こりがまず手に持っていた斧で彼のその首を跳ねた。その首が森に、大樹の影に転がっていくと「女性の白い足首」が見えた。人々が驚き視線を上げると「大樹の精霊」は血の涙を流していた。
 彼らは恐れから森から走って逃げ去っていった。
 大樹の精霊は「彼の首」を拾い上げると、彼の唇に口づけをして〈あなたの言葉通りにこの森とこの森に関わる全ての存在に呪いをかけましょう〉と呪いの文言を唱えた。
〈我が呪いと憎しみはこの永久に解けることがない〉
 呪いをかけられた森は「邪気」に覆われた。
 それこそ、ダレンのよく知っている「呪われた森」であって、亡霊や悪魔というものが集まり抜け出すことが出来なくなった森だった。大樹は悲しみからなのか枯れて朽ちてしまった。その後、再度やって来た人々の手によって大樹は切り倒された。

 それから長い月日が過ぎ去った。
 その「朽ちた大樹の切り株の中に蠢く存在」がある。
 一匹の「大蜘蛛」が、その朽ちた切り株の中の空洞に住み着いていた。その大蜘蛛はやがて、呪われた森の魔力を持つ。そして大蜘蛛は人の姿に化けた後に「森に建てられた邸」へと向かって歩き出す。
 その大蜘蛛こそ、ダレンの知る「ジェームズ・ウィルソン」だった。

 * * * * *

 ダレンが起きると邸の与えられた自分の部屋だった。ベッドの上、窓から見える今日の天気も変わらず曇りだった。
「今のは夢か?」
 起きてもその夢を忘れることはなく、はっきりと覚えていて「これも邸の魔力が、俺に過去を見せたんだろうか?」と感じていた。アンモナイトの仕業かもしれない。あるいは「また違う何か」の魔力かもしれない。
 ダレンはその夢を「ただの夢」とは思えなかった。
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