雪の国の生贄花嫁
第12話
木々の奥から、枝を踏む音が重なって聞こえた。治療した者たちとは異なる複数の気配が、三人の周囲へ集まってくる。
やがて、黒い木々の奥から、ハクを呼ぶかすかな声が聞こえた。
「……ハク様」
桜来は治療の手を止め、声のした方角へ視線を向けた。
「誰かいるよ」
ムクが言うと、ハクは拘束を解かないまま素早く立ち上がり、桜来とムクを背後に庇うように入れた。
「出てこい。隠れていることは分かっている」
木の陰や黒い蔓の向こうから、森のあやかしたちが次々に姿を現した。
あやかしたちの輪が開き、その奥から一人の老いたあやかしが進み出る。長老はハクの前で足を止め、深く頭を垂れた。
「お戻りをお待ちしておりました、白狼神様」
ほかのあやかしたちもハクを見ると頭を垂れたが、桜来へ向ける視線には敵意が残っていた。
「我を待っていた者が、なぜ姿を隠していた」
長老は頭を上げると、ハクの背後にいる桜来へ鋭い目を向けた。
「あなた様のおそばに、雪代の者がおりましたゆえ」
長老が桜来へ鋭い警戒を向けると、取り囲むあやかしの一体が耐えきれないように声を上げた。
「その娘から離れてください、ハク様」
桜来は何も答えず、周囲から向けられる敵意を受け止めた。
長老が、改めて桜来へ問いかける。「お主、我らの仲間になにをした?」
「高熱と痛みを抑える薬を使いました」
「雪代の人間が我らを治療したと?」
「本当だよ。桜来はぼくも治してくれた」
周囲を取り囲むあやかしの一体が、ムクの言葉を鋭く遮った。
「黙れ、ムク。お前はその者に騙されているのだ」
「違う。騙されてない。桜来がいなかったら、ぼくは今頃――」
ムクの訴えを聞いても、長老の警戒は緩まなかった。
「この娘は悪名高い雪代の娘。油断させるための芝居ではないと、どうやって証明するのだ?」
「言葉だけで証明できるとは思っておりません」
「ならば、なぜ雪代の紋をつけてこの森へ来た」
「この森で起きている異変を確かめるためです」
「異変を起こした者の一族が、今さらなにを確かめる必要があるのだ」
周囲のあやかしたちの視線が、桜来の白装束へと集まる。長老だけでなく、取り囲む者たちも桜来の返答を待っていた。
「私は、雪代家がこの森になにをしたのか知りませんでした」
桜来を取り囲むあやかしの一体が、怒りを抑えきれずに声を荒らげた。
「知らなかったで済むと思うのか!」
「いいえ、思いません」
即座に認めた桜来へ、長老がさらに問いを重ねる。
「知らぬなら、お前に責任はないとでも?」
「知らなかったことを理由に、許していただこうとは考えておりません」
「では、なにをしに来た」
「目の前で起きている被害を確かめ、私にできることをするためでございます」
「雪代の娘の言葉など信じられるものか」
「信じてくださいとは申しません」
長老の眉がわずかに動いた。
周囲のあやかしたちの間に、短いざわめきが広がった。
長老は問い返すように、桜来の顔を見据えている。
ハクの淡い青の瞳が、桜来へと向けられた。
「……なに?」
「私の言葉ではなく、私がこれから行うことを見て判断してください」
「森を傷つけた一族の娘が、我らのためになにをするという」
「それを知るためにも、まずはこの森で起きたことを私に教えていただけませんか?」
「よかろう。話してやる。雪代家が森を閉ざした日から、薬草や花は枯れ始めた」
「森を封鎖した直後からですか?」
「そうだ。それまで雪の中でも芽吹いていた草木が、根から黒くなりはじめたのだ」
長老のそばにいたあやかしが、当時の怒りを思い出すように言葉を継いだ。
「人間たちは、我らへ森から出ろと命じた」
長老が重く頷いた。
「その通りだ。従わなかった者は皆、追い立てられた。抗った者は傷つけられ、帰らなかった者も多い」
ムクが不安そうに周囲の仲間を見回した。
「みんなは、どこへ行ったの?」
「散り散りになった。妖界へ戻れた者もいる。境界に迷い、行方の分からぬ者もいる」
「森に残った者たちは?」
「ここが我らの故郷だ。捨てることなどできなかった」
「それから、御神木に異変が起きたのですか?」
「そうだ。森の中心にある御神木から、黒い穢れが流れ始めた」
それまで黙って聞いていたハクが、初めて問いを挟んだ。
「それはいつからだ?」
「雪代の者たちが森を去ったすぐあとです」
長老は周囲の黒く枯れた木々へ目を向けた。
「穢れは土へ染み込み、薬草を枯らし、残った者たちの身体を蝕んだ」
別のあやかしが、悔しさを滲ませながら口を開いた。
「それまで頼っていた人間の薬師に助けを求めることもできなかった」
「それは、雪代家が人間にも森への立ち入りを禁じていたから……」
長老が桜来へ視線を戻した。
「その通りだ。しかし人間には、白狼神様の祟りだと伝えたそうだな」
「……はい。私も、そう教えられていました」
「我らを追い出し、森を枯らし、その罪まで白狼神様へ押しつけた。それが雪代家だ」
雪代家が奪ったのは、白狼神の神力だけではなかった。
薬草を分け合い、互いの傷を治療していた人間とあやかしの暮らしまで、雪代家は断ち切っていたのだ。
桜来が祟りとして恐れていた森で、本当に恐れられるべきものは別にあった。
自分が知らずに過ごした時間にも、森では命が失われ続けていたのだ。
「返す言葉もございません」
胸元の家紋が、鋭い重みを持って桜来に迫る。
「う……あ……!」
そのとき、先ほど正気を取り戻したあやかしの身体が大きく跳ねた。
横たわっていたあやかしが身を丸め、傷口を雪へ擦りつける。
落ち着いていた呼吸が再び乱れ、喉の奥から苦鳴が漏れた。
薬を塗った傷の周囲で、黒い筋が再び脈打ち始めた。
「また黒いものが広がってる!」
桜来はすぐにあやかしの傍に膝をついた。ハクはあやかしの身体を押さえられる位置へ移る。
「身体を押さえてください。傷を確認します」
ハクは暴れるあやかしを押さえながら、傷口へ視線を落とした。
「薬が切れたのか?」
「いいえ。薬の効果が消えるには早すぎます」
仲間を抱く長老の目に、再び疑いが浮かんだ。
「やはり、あの薬になにか仕込んだのか?」
「違います。薬は高熱と痛みを抑えただけです。穢れそのものは、身体に残っています」
長老は苦しむ仲間を抱く腕へ力を込めた。
「では、仲間は助からぬのか?」
「今の処置を続ければ、苦痛を和らげることはできます。ですが、それだけでは治癒には至らず再び悪化します」
桜来は薬を塗った傷と、再び広がる黒い筋を見比べる。
薬は効いている。それでも、別の場所から穢れが流れ込み続けている。熱と痛みを抑えるだけでは、身体を蝕む原因まで取り除けない。
「桜来、どうしたら治るの?」
「身体に流れ込む穢れを止めなければなりません」
「発生源を断つ必要があるということか……」
「はい。御神木から穢れが流れているのなら、まずその状態を確かめなければなりません」
「長老様、御神木まで案内していただけませんか?」
長老の目が鋭く細められ、苦しむ仲間を抱く腕に力がこもった。
「断る」
「このままでは、薬で症状を抑えても同じことが繰り返されます」
「雪代の者を御神木へ近づけることはできぬ」
「警戒される理由は理解しています」
「理解している者が、なぜその紋をつけたまま我らの前に立てるのだ?」
「私は雪代家の娘であることを隠しません。隠したところで、雪代家が森
で行ったことも、私が知らずに生きてきたことも消えないからです」
「ならば、雪代家の罪を償うつもりか?」
「私一人が謝罪して、許していただけることではありません」
長老は桜来の顔を見据えたまま、すぐには答えない。
周囲のあやかしたちも、次の言葉を待つように沈黙している。
ハクの視線が、長老から桜来へと移った。
淡い青の瞳が、桜来の真意を確かめるように向けられた。
「私は雪代家のために御神木へ行くのではありません。今、この森で苦しんでいる者たちを救うために、原因を確かめたいのです」
周囲のあやかしの一体が、長老へ強く訴えた。
「信じるな、長老」
ムクも負けじと声を上げる。
「桜来は嘘をついてないよ。ぼくも、あの仲間たちも助けてくれた」
「信用していただけなくても構いません。ですが、このままでは正気を失う者が増える一方です」
長老は腕の中で苦しむ仲間へと視線を落とした。
「……御神木へ案内する」
周囲のあやかしたちが一斉に顔を上げ、そのうちの一体が異を唱えた。
「長老!」
長老は仲間たちを制するように片手を上げた。
「この娘を信用したわけではない。仲間を治療した事実を考慮し、一度だけ機会を与えるだけだ」
「ありがとうございます」
「ただし、お前が御神木を傷つける、あるいは森を害する行動をひとつでも取れば――」
「はい」
「その場で、お前の命をもらう」
「承知しました」
桜来の表情には、ためらいも驚きも浮かばなかった。
長老が言葉を続けるより先に、低い声が割って入る。
「おい、簡単に命を差し出すな」
「ハク様?」
「そなたは、その返答がなにを意味するのか、本当に理解しているのか」
「森を害するつもりはありません。ですから、条件を恐れる理由もございません」
「害するつもりがなくとも、なにが起きるかは分からぬ」
「それでも、御神木を確かめなければ、この者たちを救えません」
ハクは桜来から目を逸らさなかった。
呪紋の痛みに歪んでいた表情とは異なる険しさが、ハクの顔に浮かんでいた。
「だからといって、そなたの命を勝手に条件へ加えるな」
強い視線を受け、桜来の胸がわずかに詰まった。
やがて、黒い木々の奥から、ハクを呼ぶかすかな声が聞こえた。
「……ハク様」
桜来は治療の手を止め、声のした方角へ視線を向けた。
「誰かいるよ」
ムクが言うと、ハクは拘束を解かないまま素早く立ち上がり、桜来とムクを背後に庇うように入れた。
「出てこい。隠れていることは分かっている」
木の陰や黒い蔓の向こうから、森のあやかしたちが次々に姿を現した。
あやかしたちの輪が開き、その奥から一人の老いたあやかしが進み出る。長老はハクの前で足を止め、深く頭を垂れた。
「お戻りをお待ちしておりました、白狼神様」
ほかのあやかしたちもハクを見ると頭を垂れたが、桜来へ向ける視線には敵意が残っていた。
「我を待っていた者が、なぜ姿を隠していた」
長老は頭を上げると、ハクの背後にいる桜来へ鋭い目を向けた。
「あなた様のおそばに、雪代の者がおりましたゆえ」
長老が桜来へ鋭い警戒を向けると、取り囲むあやかしの一体が耐えきれないように声を上げた。
「その娘から離れてください、ハク様」
桜来は何も答えず、周囲から向けられる敵意を受け止めた。
長老が、改めて桜来へ問いかける。「お主、我らの仲間になにをした?」
「高熱と痛みを抑える薬を使いました」
「雪代の人間が我らを治療したと?」
「本当だよ。桜来はぼくも治してくれた」
周囲を取り囲むあやかしの一体が、ムクの言葉を鋭く遮った。
「黙れ、ムク。お前はその者に騙されているのだ」
「違う。騙されてない。桜来がいなかったら、ぼくは今頃――」
ムクの訴えを聞いても、長老の警戒は緩まなかった。
「この娘は悪名高い雪代の娘。油断させるための芝居ではないと、どうやって証明するのだ?」
「言葉だけで証明できるとは思っておりません」
「ならば、なぜ雪代の紋をつけてこの森へ来た」
「この森で起きている異変を確かめるためです」
「異変を起こした者の一族が、今さらなにを確かめる必要があるのだ」
周囲のあやかしたちの視線が、桜来の白装束へと集まる。長老だけでなく、取り囲む者たちも桜来の返答を待っていた。
「私は、雪代家がこの森になにをしたのか知りませんでした」
桜来を取り囲むあやかしの一体が、怒りを抑えきれずに声を荒らげた。
「知らなかったで済むと思うのか!」
「いいえ、思いません」
即座に認めた桜来へ、長老がさらに問いを重ねる。
「知らぬなら、お前に責任はないとでも?」
「知らなかったことを理由に、許していただこうとは考えておりません」
「では、なにをしに来た」
「目の前で起きている被害を確かめ、私にできることをするためでございます」
「雪代の娘の言葉など信じられるものか」
「信じてくださいとは申しません」
長老の眉がわずかに動いた。
周囲のあやかしたちの間に、短いざわめきが広がった。
長老は問い返すように、桜来の顔を見据えている。
ハクの淡い青の瞳が、桜来へと向けられた。
「……なに?」
「私の言葉ではなく、私がこれから行うことを見て判断してください」
「森を傷つけた一族の娘が、我らのためになにをするという」
「それを知るためにも、まずはこの森で起きたことを私に教えていただけませんか?」
「よかろう。話してやる。雪代家が森を閉ざした日から、薬草や花は枯れ始めた」
「森を封鎖した直後からですか?」
「そうだ。それまで雪の中でも芽吹いていた草木が、根から黒くなりはじめたのだ」
長老のそばにいたあやかしが、当時の怒りを思い出すように言葉を継いだ。
「人間たちは、我らへ森から出ろと命じた」
長老が重く頷いた。
「その通りだ。従わなかった者は皆、追い立てられた。抗った者は傷つけられ、帰らなかった者も多い」
ムクが不安そうに周囲の仲間を見回した。
「みんなは、どこへ行ったの?」
「散り散りになった。妖界へ戻れた者もいる。境界に迷い、行方の分からぬ者もいる」
「森に残った者たちは?」
「ここが我らの故郷だ。捨てることなどできなかった」
「それから、御神木に異変が起きたのですか?」
「そうだ。森の中心にある御神木から、黒い穢れが流れ始めた」
それまで黙って聞いていたハクが、初めて問いを挟んだ。
「それはいつからだ?」
「雪代の者たちが森を去ったすぐあとです」
長老は周囲の黒く枯れた木々へ目を向けた。
「穢れは土へ染み込み、薬草を枯らし、残った者たちの身体を蝕んだ」
別のあやかしが、悔しさを滲ませながら口を開いた。
「それまで頼っていた人間の薬師に助けを求めることもできなかった」
「それは、雪代家が人間にも森への立ち入りを禁じていたから……」
長老が桜来へ視線を戻した。
「その通りだ。しかし人間には、白狼神様の祟りだと伝えたそうだな」
「……はい。私も、そう教えられていました」
「我らを追い出し、森を枯らし、その罪まで白狼神様へ押しつけた。それが雪代家だ」
雪代家が奪ったのは、白狼神の神力だけではなかった。
薬草を分け合い、互いの傷を治療していた人間とあやかしの暮らしまで、雪代家は断ち切っていたのだ。
桜来が祟りとして恐れていた森で、本当に恐れられるべきものは別にあった。
自分が知らずに過ごした時間にも、森では命が失われ続けていたのだ。
「返す言葉もございません」
胸元の家紋が、鋭い重みを持って桜来に迫る。
「う……あ……!」
そのとき、先ほど正気を取り戻したあやかしの身体が大きく跳ねた。
横たわっていたあやかしが身を丸め、傷口を雪へ擦りつける。
落ち着いていた呼吸が再び乱れ、喉の奥から苦鳴が漏れた。
薬を塗った傷の周囲で、黒い筋が再び脈打ち始めた。
「また黒いものが広がってる!」
桜来はすぐにあやかしの傍に膝をついた。ハクはあやかしの身体を押さえられる位置へ移る。
「身体を押さえてください。傷を確認します」
ハクは暴れるあやかしを押さえながら、傷口へ視線を落とした。
「薬が切れたのか?」
「いいえ。薬の効果が消えるには早すぎます」
仲間を抱く長老の目に、再び疑いが浮かんだ。
「やはり、あの薬になにか仕込んだのか?」
「違います。薬は高熱と痛みを抑えただけです。穢れそのものは、身体に残っています」
長老は苦しむ仲間を抱く腕へ力を込めた。
「では、仲間は助からぬのか?」
「今の処置を続ければ、苦痛を和らげることはできます。ですが、それだけでは治癒には至らず再び悪化します」
桜来は薬を塗った傷と、再び広がる黒い筋を見比べる。
薬は効いている。それでも、別の場所から穢れが流れ込み続けている。熱と痛みを抑えるだけでは、身体を蝕む原因まで取り除けない。
「桜来、どうしたら治るの?」
「身体に流れ込む穢れを止めなければなりません」
「発生源を断つ必要があるということか……」
「はい。御神木から穢れが流れているのなら、まずその状態を確かめなければなりません」
「長老様、御神木まで案内していただけませんか?」
長老の目が鋭く細められ、苦しむ仲間を抱く腕に力がこもった。
「断る」
「このままでは、薬で症状を抑えても同じことが繰り返されます」
「雪代の者を御神木へ近づけることはできぬ」
「警戒される理由は理解しています」
「理解している者が、なぜその紋をつけたまま我らの前に立てるのだ?」
「私は雪代家の娘であることを隠しません。隠したところで、雪代家が森
で行ったことも、私が知らずに生きてきたことも消えないからです」
「ならば、雪代家の罪を償うつもりか?」
「私一人が謝罪して、許していただけることではありません」
長老は桜来の顔を見据えたまま、すぐには答えない。
周囲のあやかしたちも、次の言葉を待つように沈黙している。
ハクの視線が、長老から桜来へと移った。
淡い青の瞳が、桜来の真意を確かめるように向けられた。
「私は雪代家のために御神木へ行くのではありません。今、この森で苦しんでいる者たちを救うために、原因を確かめたいのです」
周囲のあやかしの一体が、長老へ強く訴えた。
「信じるな、長老」
ムクも負けじと声を上げる。
「桜来は嘘をついてないよ。ぼくも、あの仲間たちも助けてくれた」
「信用していただけなくても構いません。ですが、このままでは正気を失う者が増える一方です」
長老は腕の中で苦しむ仲間へと視線を落とした。
「……御神木へ案内する」
周囲のあやかしたちが一斉に顔を上げ、そのうちの一体が異を唱えた。
「長老!」
長老は仲間たちを制するように片手を上げた。
「この娘を信用したわけではない。仲間を治療した事実を考慮し、一度だけ機会を与えるだけだ」
「ありがとうございます」
「ただし、お前が御神木を傷つける、あるいは森を害する行動をひとつでも取れば――」
「はい」
「その場で、お前の命をもらう」
「承知しました」
桜来の表情には、ためらいも驚きも浮かばなかった。
長老が言葉を続けるより先に、低い声が割って入る。
「おい、簡単に命を差し出すな」
「ハク様?」
「そなたは、その返答がなにを意味するのか、本当に理解しているのか」
「森を害するつもりはありません。ですから、条件を恐れる理由もございません」
「害するつもりがなくとも、なにが起きるかは分からぬ」
「それでも、御神木を確かめなければ、この者たちを救えません」
ハクは桜来から目を逸らさなかった。
呪紋の痛みに歪んでいた表情とは異なる険しさが、ハクの顔に浮かんでいた。
「だからといって、そなたの命を勝手に条件へ加えるな」
強い視線を受け、桜来の胸がわずかに詰まった。