恋は買収できません!~厄介な幼馴染CEOの強引すぎる溺愛~

⑰

警察への対応と治療を終え、夜遅くになってマンションへ戻ってきた。

「痛む? 何か冷やすものはいる?」
「いい。それより、こっちに来い」

腕を引かれ、そのまま抱きしめられる。

「な、何するの」
「いいだろ、少しくらい。助けてやったんだ」
「……恩着せがましい奴」

不満を口にすると、耳元で蒼真が小さく笑った。その吐息が耳に触れ、スーツ越しの体温を急に意識してしまう。

(なんでこんなにドキドキするの)

このまま何かに呑まれてしまいそうで、私は逃げるように胸板を押し返した。

「はい、もうおしまい!」
「恩人に対してケチな奴だな」
「うるさい。あんたこそ仮にも私のことが好きなら、ケチとか言わないほうがいいわよ」
「フン」

言い合っていると、蒼真のスマホに通知が届いた。内容を確認した蒼真が、安堵したように息をつく。

「広報さんから?」
「ああ。明日のテレビ出演は、代役を立てることで局と話がついたらしい」
「……そっか」

私のせいで、と再び胸が痛んだ。けれど蒼真は気にした様子もなく、溜まっていた通知を確認していく。すると、その指がぴたりと止まった。

「……お前、車を帰して原田とふたりで飲みに行ったのか?」

今になって運転手さんからの連絡に気付いたらしい。

「お疲れ様会くらい別にいいでしょ。3か月も一緒に頑張ってきたんだから」
「それはまあ、構わん。俺が言ってるのは、なぜ俺がいないところでやるんだってことだ」
「あんたは三条さんたちと会食だったじゃない」
「それとこれとは話が別だ」
(何こいつ……)

さっきまで高まっていた気持ちが、急に冷えていくのがわかる。

「別に私がどこで何してようが、あんたには関係ないでしょ」
「ある。原田はお前に気があるからな」
「だったら何? まあ、確かに告白されたけど」
「……は?」

蒼真の眉間に、深いしわが刻まれる。

「断ったんだろうな」
「あんたに話す義理はない」
「あるだろ。お前は俺のものになるんだ」

その言葉に、かっと頭に血が上る。

(……少しはこいつのこと見直したのに。やっぱりなんにも変わってない)
「いい加減にして!」

詰め寄ってきた蒼真を、両手で押し返した。

「私の意志を無視して、勝手に話を進めないで」
「バカ言え、無視なんかしてない。これがお前のためなんだ」
「そんなのあり得ないから!」

睨みつけると、蒼真は一瞬面食らったように目を見開いた。それから彼は、自分を落ち着かせるように一度深く息を吸う。

「俺は昔から千佳が好きだ。お前を俺のものだと周りに示しておきたかったのは認める。だが、それでお前も助かってただろ」
「……何? どういうこと?」

心当たりがなくて尋ねると、蒼真は自分の正しさを証明するように、これまでのことをひとつずつ並べ始めた。

「小学生の時、転校してきたお前がクラスに馴染めたのは誰のおかげだ。俺の女として認知されたからだろ。中学や高校では、お前の勉強の邪魔にならんように、下心のある男を追い払ってやった。大学の時だって、俺が動かなければ進学を諦めてた。俺が介入したから、あの浮気男と傾いた会社から離れられたんだろうが」
「それ、は……」
「俺はお前を守りたかったし、誰にも渡したくなかった。そうやって動いた結果、お前にとって一番いい方向に進んだ。なら、俺のやり方の何が間違ってる?」

蒼真は私の両肩を掴み、訴えるように言った。

「お前のことは、俺が一番わかってる」
(こいつなりに、ずっと私のことを考えてたんだ……でも)

私は蒼真の手を、そっと肩から外した。

「確かに高校の時、蒼真は私が諦めようとしてた道を選べるようにしてくれた。でも今のあんたは違う。仕事も住む場所も、付き合う相手も、全部勝手に決めてる。私の選択肢を増やすんじゃなくて奪ってるの」

いつも自分が正しいと信じて疑わない瞳に、初めてわずかな迷いが浮かんでいた。

「誰よりも私を理解してるからって、私の人生をあんたが決めていい理由にはならない。たとえ誰よりも私のことを愛してくれてるからって、あんたの愛し方が正しい証にはならない!」

蒼真の意味不明な行動の理由がわかった。こいつが捨てなきゃいけないのは、過剰すぎる自信でも、私への余計なお節介でもない。
その根底にある、ずっと愛の証明だと思い続けてきた「俺が決めれば間違いない」という確信だ。

「俺が、お前の選択肢を奪ってる?」

さっきまでの勢いを失った声で、蒼真が呟く。

「俺が何もしなければ、お前は失敗して後悔したかもしれないんだぞ」
「そうね。でも、それも私の人生なの。失敗する権利も、後悔する権利だって私にある」

蒼真は、理解できないというように視線を彷徨わせた。

「……だから、原田を選ぶのか」
「っ、なんでそうなるのよ。あんたを選ばないからって、原田さんを選ぶわけじゃない。誰を選ぶかも選ばないかも、これから考える。私が、自分で考えて決めるの」

私はスマホのアプリを起動し、タクシーを呼んだ。

「今はあんたと一緒にいられない。今夜はホテルに泊まる。……無事に着いたら、ちゃんと連絡はするから」

スマホと財布と、着替えなどの最低限の荷物をまとめてマンションを出る。蒼真はついてこなかった。
タクシーに乗り込むと、窓にぽつぽつと雨粒が落ち始めた。明かりが消え始めた巨大なタワーマンションが、滲む窓の向こうへ遠ざかっていった。
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