恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
「的場さん……ほんとすみません、何から何まで」
秀一と三谷が足を運んだ形成外科は思ったよりも混んでいた。
診察を待ちながら、三谷が萎れて頭を下げる。
「あー……まあ、若いうちはそういうもんだ」
「え、的場さんもですか?」
やや期待を込めた目で見上げられて、秀一はうーんと首を傾げる。
「お前とはちょっと違うかもしれないけどな」
三谷はそれを聞いてがっかりしたように肩を落とした。
確かに、三谷のような失敗はしていないが、若気のいたりだったなぁと思うことはいくつかある。多くが女絡みなのは、それこそ岩瀬に知れたら呆れて口を利いてくれなくなりそうだが。
「でも、俺をホテルに連れてってくれた後、お二人とも大丈夫だったんですか? 小山内さんも終電ギリギリだったって言ってましたけど……」
「え? あ、ああ……」
まさか岩瀬の家に泊まったとも言えず、「まあ、どうとでもなるよ」と答える。三谷は不思議そうに首を傾げた。
「岩瀬さんの家は、あそこからそんなに遠くなかったですよね。的場さんは、どこでしたっけ。会社から近いんでしたよね?」
「まあな……」
「てことは、終電間に合わなかったんじゃないですか?」
秀一は何も言わずに視線を逸らす。三谷は「あー」と頭を抱えてうなだれた。
「すみません……ホテルかどっかに泊まったんですね……俺、払います……請求してください」
「いや、その……」
確かに自宅ではないところに泊まった。が、料金は発生してないのだから請求しようがない。
「えーと、あれだ。近くに知り合いが住んでたから、泊めてもらったんだ。だから気にすんな」
苦笑しながら答える。
嘘ではない。ただ、「知人」というのが岩瀬なだけで。
「そうですか……」
三谷は答えて何か考えるような顔をし、じぃっと秀一を見つめてきた。
珍しく視線で圧をかけてくる後輩に、秀一は戸惑う。
「な、何だ?」
「いえ……」
三谷はじぃっと秀一を見つめていたが、
「……岩瀬さんと、何か話したりしました?」
どこか複雑な表情で聞かれて、秀一は笑いそうになった。
「お前さ。自分が岩瀬に惚れてる癖に、俺とくっつけようとするの変じゃない?」
「い、いや、俺は惚れてるっていうか、ただキレーだなって……憧れっていうか、そういう感じで……お、俺じゃ釣り合わないって、わかってるんで、そこは」
三谷がうろたえて話すうち、診察室から名前を呼ばれた。「は、はい」と慌てて立ち上がろうとしたがふらついた三谷を、秀一がさっと支える。
「大丈夫か? 中まで付き添った方がいいか?」
「いえ、大丈夫です……」
三谷は応じてから、意味ありげな目線で秀一を見上げてきた。
「? 何だよ?」
「いえ。やっぱり的場さんはモテるんだろうなぁと思っただけです」
三谷はふてくされたような顔で言うと、ふいと診察室へ顔を向け、よてよてと歩きはじめた。
秀一はその背中を見送ってから、「何じゃそりゃ」と苦笑した。
***
確かに、容姿のせいか気質のせいか、はたまたその両方か、何もしなくても女が寄ってくる節はある。
あえて人に話す趣味はないが、来るもの拒まずでいたせいで、いわゆる修羅場を経験したこともあった。
そもそも、秀一にはよく分からなかったのだ。恋人、というものがどういうものなのか、相手が何を望んでいるのか、自分がその人に対してどうあるべきか……そういうことを考えること自体が、面倒臭かった。
就職する頃には、自分は恋愛に向いていないと結論を出していた。同時に、恋愛、というものが、ひどく大きく人間の感情に作用するらしいことも分かっていた。
だから仕事で出会った女とは一定の距離を置いた。
そして、一夜限りの関係と割りきれる女とだけベッドを共にした。それでも、女は次の機会を得ようと秀一に媚びてきた。
粘度の高い人間関係、態度、視線、そういうものすべてが自分を絡めとろうとしてくることが、不愉快で仕方なかった。
秀一はただ自由でありたかった。
そういう中で出会ったのが、海であり、サーフィンだ。
波に向き合っている間は、人間のことを考えずに済んだ。
海だけが秀一を包み込み、海面に反射する光と波の音が語りかけてくる。
海にとっては、砂浜の砂の一粒も自分も同じ価値しかないのだろう。そう感じることに、不思議と安心した。
それからは、海で過ごす一人の時間が何よりも大切になった。
サーフィンが趣味だと言うと、女からは自分にも教えてくれと言われるし、男には出会いがあるんじゃないかと言われる。
だが、秀一は決して女と海に行かないと決めている。自分の大切な時間を壊されるのが嫌だからだ。
海で波を眺める間は、ただ一人の自分になっていたい。
誰のための自分でもなく、ただ一人の自分に。
三谷が診察室から出てくるのを待ちながら、秀一は鞄を抱えて目を閉じた。
今朝は残念ながら時間がなくて海に入れなかったが、通勤前に少し見ることはできた。
海面に揺らぐ朝日の輝きと、砂浜をたどる波の音。カモメの鳴き声。潮の香り。
それらを五感で感じながら、不意に思ったのだ。
ーーこの時間を共有してもいいと思う女が現れたら、自分はどうするんだろう、と。
秀一と三谷が足を運んだ形成外科は思ったよりも混んでいた。
診察を待ちながら、三谷が萎れて頭を下げる。
「あー……まあ、若いうちはそういうもんだ」
「え、的場さんもですか?」
やや期待を込めた目で見上げられて、秀一はうーんと首を傾げる。
「お前とはちょっと違うかもしれないけどな」
三谷はそれを聞いてがっかりしたように肩を落とした。
確かに、三谷のような失敗はしていないが、若気のいたりだったなぁと思うことはいくつかある。多くが女絡みなのは、それこそ岩瀬に知れたら呆れて口を利いてくれなくなりそうだが。
「でも、俺をホテルに連れてってくれた後、お二人とも大丈夫だったんですか? 小山内さんも終電ギリギリだったって言ってましたけど……」
「え? あ、ああ……」
まさか岩瀬の家に泊まったとも言えず、「まあ、どうとでもなるよ」と答える。三谷は不思議そうに首を傾げた。
「岩瀬さんの家は、あそこからそんなに遠くなかったですよね。的場さんは、どこでしたっけ。会社から近いんでしたよね?」
「まあな……」
「てことは、終電間に合わなかったんじゃないですか?」
秀一は何も言わずに視線を逸らす。三谷は「あー」と頭を抱えてうなだれた。
「すみません……ホテルかどっかに泊まったんですね……俺、払います……請求してください」
「いや、その……」
確かに自宅ではないところに泊まった。が、料金は発生してないのだから請求しようがない。
「えーと、あれだ。近くに知り合いが住んでたから、泊めてもらったんだ。だから気にすんな」
苦笑しながら答える。
嘘ではない。ただ、「知人」というのが岩瀬なだけで。
「そうですか……」
三谷は答えて何か考えるような顔をし、じぃっと秀一を見つめてきた。
珍しく視線で圧をかけてくる後輩に、秀一は戸惑う。
「な、何だ?」
「いえ……」
三谷はじぃっと秀一を見つめていたが、
「……岩瀬さんと、何か話したりしました?」
どこか複雑な表情で聞かれて、秀一は笑いそうになった。
「お前さ。自分が岩瀬に惚れてる癖に、俺とくっつけようとするの変じゃない?」
「い、いや、俺は惚れてるっていうか、ただキレーだなって……憧れっていうか、そういう感じで……お、俺じゃ釣り合わないって、わかってるんで、そこは」
三谷がうろたえて話すうち、診察室から名前を呼ばれた。「は、はい」と慌てて立ち上がろうとしたがふらついた三谷を、秀一がさっと支える。
「大丈夫か? 中まで付き添った方がいいか?」
「いえ、大丈夫です……」
三谷は応じてから、意味ありげな目線で秀一を見上げてきた。
「? 何だよ?」
「いえ。やっぱり的場さんはモテるんだろうなぁと思っただけです」
三谷はふてくされたような顔で言うと、ふいと診察室へ顔を向け、よてよてと歩きはじめた。
秀一はその背中を見送ってから、「何じゃそりゃ」と苦笑した。
***
確かに、容姿のせいか気質のせいか、はたまたその両方か、何もしなくても女が寄ってくる節はある。
あえて人に話す趣味はないが、来るもの拒まずでいたせいで、いわゆる修羅場を経験したこともあった。
そもそも、秀一にはよく分からなかったのだ。恋人、というものがどういうものなのか、相手が何を望んでいるのか、自分がその人に対してどうあるべきか……そういうことを考えること自体が、面倒臭かった。
就職する頃には、自分は恋愛に向いていないと結論を出していた。同時に、恋愛、というものが、ひどく大きく人間の感情に作用するらしいことも分かっていた。
だから仕事で出会った女とは一定の距離を置いた。
そして、一夜限りの関係と割りきれる女とだけベッドを共にした。それでも、女は次の機会を得ようと秀一に媚びてきた。
粘度の高い人間関係、態度、視線、そういうものすべてが自分を絡めとろうとしてくることが、不愉快で仕方なかった。
秀一はただ自由でありたかった。
そういう中で出会ったのが、海であり、サーフィンだ。
波に向き合っている間は、人間のことを考えずに済んだ。
海だけが秀一を包み込み、海面に反射する光と波の音が語りかけてくる。
海にとっては、砂浜の砂の一粒も自分も同じ価値しかないのだろう。そう感じることに、不思議と安心した。
それからは、海で過ごす一人の時間が何よりも大切になった。
サーフィンが趣味だと言うと、女からは自分にも教えてくれと言われるし、男には出会いがあるんじゃないかと言われる。
だが、秀一は決して女と海に行かないと決めている。自分の大切な時間を壊されるのが嫌だからだ。
海で波を眺める間は、ただ一人の自分になっていたい。
誰のための自分でもなく、ただ一人の自分に。
三谷が診察室から出てくるのを待ちながら、秀一は鞄を抱えて目を閉じた。
今朝は残念ながら時間がなくて海に入れなかったが、通勤前に少し見ることはできた。
海面に揺らぐ朝日の輝きと、砂浜をたどる波の音。カモメの鳴き声。潮の香り。
それらを五感で感じながら、不意に思ったのだ。
ーーこの時間を共有してもいいと思う女が現れたら、自分はどうするんだろう、と。