恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
「二週間入院ん!?」
電話を取った小山内が、オフィスに響く大きな声音で言った。
好波は宇津木と視線を交わし、小山内の方を見る。
小山内は慌てて声のトーンを落とすと、「ちょ、ちょっとマネージャーと変わるから待って」とことわって受話器のマイクを塞ぎ、宇津木の内線に転送した。
小山内が「お願いします」と言うや、宇津木のデスクの電話が鳴る。宇津木はそれに出ると、静かにあいづちを繰り返していた。
「……入院なの?」
斜め向かいのデスクにいる小山内に尋ねると、小山内はなんとも言えない顔で肩をすくめた。
「ほんと馬鹿ですよね……なんだってこの時期に……」
「そうねぇ……」
「まあ、時期が悪いのは確かね」
長島が苦笑し、好波は頬杖をつきながらパソコン画面にスケジュールを表示する。各員の予定を見ながら、下唇を噛んだ。
ゴールデンウイークに行われるイベントはいくつかあるが、小山内はすでに手一杯の仕事を担っている。
小山内の担当は、簡単にいえばフラワーアレンジメントの展示会。ゴールデンウイークをまるまる含んだ開催期間になっている。
モノがモノだけに数日で展示替えなども行われ、日によって作家によるワークショップなども行われる。
一カ所のイベントだけとはいえ、さしてキャリアが長いとはいえない小山内が一人でやるにはやや荷が重い仕事だった。それでも、的場や好波がフォローやアドバイスしながらどうにか目処をつけたところだ。
ーーだから、舞ちゃんの仕事は増やせない。
頭の中で算段をつける。好波は三谷や小山内の仕事のサポートもあったので、やや動きやすいように配慮してもらっていた。三谷の仕事を引き受けるならば自分しかいない。
今年のゴールデンウイークは土日から始まり、月曜から水曜日まで祝日になっている。
幸い、好波の仕事と三谷の仕事で日にちが重なっているのは例の百貨店の企画だけ。
物産展自体は百貨店も慣れている。途中に2日ほど、日替わりのイベントはあるが、設営は初日が重要だ。そこさえ押さえれば、人員は百貨店や各出店者が出してくれるから、後はいざとなれば的場にお願いしても差し支えないだろう。
百貨店の企画は木曜の夜設営して金曜に始まり、木曜に撤収予定だ。
この間、三谷の仕事は金、土の夜に一件、火水にまた別件が一つ。間に挟まるように、好波単独の仕事も一件ある。
開始時間のズレなども考えると、好波が引き受けるのも不可能ではないーー
「……というわけで」
電話を終えた宇津木の声が聞こえて、好波ははっと画面から顔を上げた。
宇津木は苦笑しながら、好波、小山内、長島を順に見やる。
「とりあえず、状況としてはさっき小山内さんが言ったとおり。三谷くんはくるぶし近くを複雑骨折してしまって、固定が必要なので二週間入院するそうだ」
「あらぁ……大変」
長島がおっとりと口元に手を添える。宇津木は苦笑を強めた。
「大変なのは三谷くんだけじゃないぞ」
「分かってます」
好波は三谷のスケジュールに「入院」と書き込んだ。と同時に、三谷の予定に入っていた二件の仕事を自分の予定に書き換える。
「三谷くんの仕事は私が引き受けます。舞ちゃんは今の仕事に集中して欲しいですし、百貨店の件はいざとなれば的場さん中心で進めてもらえます。三谷くんの件は私も一緒に対応していたので、ある程度状況も分かっているつもりです」
テキパキと言う好波に、宇津木が困惑したように眉を寄せた。好波はそれを見て取って、キーボードを叩いていた手を止める。
「……なにか?」
「いや……」
宇津木は好波から目を逸らし、言葉を宙に探すようにしながら後ろ頭を掻いた。
「それじゃ君の負担が大きすぎるんじゃないか?」
「でも、状況を考えるとこれがベストです」
「うーん……」
宇津木は「それもそうだが」と口の中でもごもごと言った。珍しく煮え切らない態度に、好波は眉を寄せる。
「あの。私には無理だと思ってらっしゃるのかもしれませんがーー」
「ああ、いや。そういうことじゃなくてね」
好波が身を乗り出すと、宇津木は苦笑を浮かべて手で制した。好波は宇津木の言葉を待つ。
「無理だとは思ってないよ。君ならできる。そう思ってる。だけど、三谷くんがそうだったように、人間いつ何があるか分からないだろう? だから、なんというか……」
宇津木は娘を見守る父のような穏やかな微笑みを浮かべた。
「無理はしちゃいけないよ。無理だと思う手前で、助けを求めて欲しい。仕事は君一人でやるもんじゃない。チームでやるべきものだ。もちろん、君がミスをしたらその責任は俺が取る。けど、まず君は君自身を大切にするために、もっとチームを使っていい。頼っていい。……分かるかな?」
「……はい……」
好波は言われてようやく、肩に力が入りすぎていたことに気づいた。一人で先走ってしまったようだ。
やや落ち込んだ好波の肩に、長島がそっと手を置く。
「あんまり力になれないかもしれないけど、私もできることはするからね。お茶の買い出しでも何でも言って」
「ふふ。ありがとうございます」
好波は頭を下げて、時計を確認した。
「では、午後は予定通り打合せに行ってきます。直帰するつもりでしたが、一度戻ってきますね。三谷くんの仕事の状況をきちんと確認したいので」
「ああ、分かった。よろしく頼む。三谷も何かあったらいつでも電話してくれって言ってたからな」
「そうですね」
好波は共有フォルダ内にある三谷の仕事のフォルダを見ながら苦笑した。
「まずは、打合せ資料をどうやって管理してるのか、確認しなくちゃいけないかもしれません」
「うわーお」
同じく三谷のフォルダを見たらしい小山内が、呆れたような声を出した。
「デスクと同じく散乱状態。これは大変ですね」
「聞いて覚えてればいいけどね」
「イチから作った方が早かったりして……」
「ありえる」
好波が同意すると、小山内は気遣うような表情で「私も、できることはさせてくださいね。三谷くんてば、いっつも岩瀬さんに迷惑かけてばっかりなんだから」と口を尖らせた。
「ありがと。とりあえず、やるだけやってみるよ」
好波は言って、三谷に電話すべく受話器に手を伸ばした。
電話を取った小山内が、オフィスに響く大きな声音で言った。
好波は宇津木と視線を交わし、小山内の方を見る。
小山内は慌てて声のトーンを落とすと、「ちょ、ちょっとマネージャーと変わるから待って」とことわって受話器のマイクを塞ぎ、宇津木の内線に転送した。
小山内が「お願いします」と言うや、宇津木のデスクの電話が鳴る。宇津木はそれに出ると、静かにあいづちを繰り返していた。
「……入院なの?」
斜め向かいのデスクにいる小山内に尋ねると、小山内はなんとも言えない顔で肩をすくめた。
「ほんと馬鹿ですよね……なんだってこの時期に……」
「そうねぇ……」
「まあ、時期が悪いのは確かね」
長島が苦笑し、好波は頬杖をつきながらパソコン画面にスケジュールを表示する。各員の予定を見ながら、下唇を噛んだ。
ゴールデンウイークに行われるイベントはいくつかあるが、小山内はすでに手一杯の仕事を担っている。
小山内の担当は、簡単にいえばフラワーアレンジメントの展示会。ゴールデンウイークをまるまる含んだ開催期間になっている。
モノがモノだけに数日で展示替えなども行われ、日によって作家によるワークショップなども行われる。
一カ所のイベントだけとはいえ、さしてキャリアが長いとはいえない小山内が一人でやるにはやや荷が重い仕事だった。それでも、的場や好波がフォローやアドバイスしながらどうにか目処をつけたところだ。
ーーだから、舞ちゃんの仕事は増やせない。
頭の中で算段をつける。好波は三谷や小山内の仕事のサポートもあったので、やや動きやすいように配慮してもらっていた。三谷の仕事を引き受けるならば自分しかいない。
今年のゴールデンウイークは土日から始まり、月曜から水曜日まで祝日になっている。
幸い、好波の仕事と三谷の仕事で日にちが重なっているのは例の百貨店の企画だけ。
物産展自体は百貨店も慣れている。途中に2日ほど、日替わりのイベントはあるが、設営は初日が重要だ。そこさえ押さえれば、人員は百貨店や各出店者が出してくれるから、後はいざとなれば的場にお願いしても差し支えないだろう。
百貨店の企画は木曜の夜設営して金曜に始まり、木曜に撤収予定だ。
この間、三谷の仕事は金、土の夜に一件、火水にまた別件が一つ。間に挟まるように、好波単独の仕事も一件ある。
開始時間のズレなども考えると、好波が引き受けるのも不可能ではないーー
「……というわけで」
電話を終えた宇津木の声が聞こえて、好波ははっと画面から顔を上げた。
宇津木は苦笑しながら、好波、小山内、長島を順に見やる。
「とりあえず、状況としてはさっき小山内さんが言ったとおり。三谷くんはくるぶし近くを複雑骨折してしまって、固定が必要なので二週間入院するそうだ」
「あらぁ……大変」
長島がおっとりと口元に手を添える。宇津木は苦笑を強めた。
「大変なのは三谷くんだけじゃないぞ」
「分かってます」
好波は三谷のスケジュールに「入院」と書き込んだ。と同時に、三谷の予定に入っていた二件の仕事を自分の予定に書き換える。
「三谷くんの仕事は私が引き受けます。舞ちゃんは今の仕事に集中して欲しいですし、百貨店の件はいざとなれば的場さん中心で進めてもらえます。三谷くんの件は私も一緒に対応していたので、ある程度状況も分かっているつもりです」
テキパキと言う好波に、宇津木が困惑したように眉を寄せた。好波はそれを見て取って、キーボードを叩いていた手を止める。
「……なにか?」
「いや……」
宇津木は好波から目を逸らし、言葉を宙に探すようにしながら後ろ頭を掻いた。
「それじゃ君の負担が大きすぎるんじゃないか?」
「でも、状況を考えるとこれがベストです」
「うーん……」
宇津木は「それもそうだが」と口の中でもごもごと言った。珍しく煮え切らない態度に、好波は眉を寄せる。
「あの。私には無理だと思ってらっしゃるのかもしれませんがーー」
「ああ、いや。そういうことじゃなくてね」
好波が身を乗り出すと、宇津木は苦笑を浮かべて手で制した。好波は宇津木の言葉を待つ。
「無理だとは思ってないよ。君ならできる。そう思ってる。だけど、三谷くんがそうだったように、人間いつ何があるか分からないだろう? だから、なんというか……」
宇津木は娘を見守る父のような穏やかな微笑みを浮かべた。
「無理はしちゃいけないよ。無理だと思う手前で、助けを求めて欲しい。仕事は君一人でやるもんじゃない。チームでやるべきものだ。もちろん、君がミスをしたらその責任は俺が取る。けど、まず君は君自身を大切にするために、もっとチームを使っていい。頼っていい。……分かるかな?」
「……はい……」
好波は言われてようやく、肩に力が入りすぎていたことに気づいた。一人で先走ってしまったようだ。
やや落ち込んだ好波の肩に、長島がそっと手を置く。
「あんまり力になれないかもしれないけど、私もできることはするからね。お茶の買い出しでも何でも言って」
「ふふ。ありがとうございます」
好波は頭を下げて、時計を確認した。
「では、午後は予定通り打合せに行ってきます。直帰するつもりでしたが、一度戻ってきますね。三谷くんの仕事の状況をきちんと確認したいので」
「ああ、分かった。よろしく頼む。三谷も何かあったらいつでも電話してくれって言ってたからな」
「そうですね」
好波は共有フォルダ内にある三谷の仕事のフォルダを見ながら苦笑した。
「まずは、打合せ資料をどうやって管理してるのか、確認しなくちゃいけないかもしれません」
「うわーお」
同じく三谷のフォルダを見たらしい小山内が、呆れたような声を出した。
「デスクと同じく散乱状態。これは大変ですね」
「聞いて覚えてればいいけどね」
「イチから作った方が早かったりして……」
「ありえる」
好波が同意すると、小山内は気遣うような表情で「私も、できることはさせてくださいね。三谷くんてば、いっつも岩瀬さんに迷惑かけてばっかりなんだから」と口を尖らせた。
「ありがと。とりあえず、やるだけやってみるよ」
好波は言って、三谷に電話すべく受話器に手を伸ばした。