恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
診察を終えると、秀一はまた車を出して三谷を乗せ、入院に必要なモノを取りに一度三谷の家へ向かった。
車内には、秀一がよく聞いているジャズが流れている。ときどき訪れたジャズバーで聞いたセミプロ奏者のCDだ。
「それにしても、二週間とは。エラい面倒なとこ折ったなぁ」
「す、すみません……」
「ま、仕方ないさ。養生して早く治せよ」
腕時計を見ると、ほとんど午前中が終わっている。飲み会の翌日でやる気が低下していたからちょうどいいようにも思うが、今後のことを考えると今日から先は残業続きになりそうだ。
思わずため息をつくと、三谷が恐縮していた。
そのとき、スマホが鳴り、三谷が慌てて電話を取る。
秀一はBGMのボリュームを下げた。
「あ、あの、三谷です」
『三谷くん? 今大丈夫?』
「だ、大丈夫です。的場さんが車出してくれて、入院に必要なものを取りに行ってます」
『ああ、そう』
助手席に座る三谷が右耳に当てているからか、向こうの声もなんとなく聞こえた。この声は岩瀬だろう。
『今日の打合せ資料、どこにあるかな。今、パソコンのフォルダ見てるんだけど分からなくて』
「あっ、えと、今日は先方が最終調整したものを確認する予定なので、今までの資料があれば大丈夫です。今までの資料は……」
『うん、それは私も持ってるから大丈夫。了解。あとは……』
赤信号になった。ブレーキを踏む。長い信号だったから、自動でアイドリングストップになった。
淡々とした岩瀬の声と上擦った三谷の返答を聞くともなしに聞きながら、自然と口元に笑みが浮かぶ。
テキパキと仕事をさばく岩瀬の姿が浮かんだ。
「あの、岩瀬さん、何かのときはいつでも電話ください。ほんとご迷惑おかけして……すみません」
『ううん、大丈夫。的場さんは? まだ運転中?』
「あ、はい。運転中で……」
「代わるよ」
秀一は言って、車を路肩に寄せると停めた。三谷からスマホを受け取り耳に当てる。
「もしもし」
『的場さん、お疲れさまです』
「半日仕事になっちまったな」
『最近は病院てどこも混んでますし、仕方ないですよ』
顔が見えないからか、それとも一種の極限状態だからか、岩瀬は無駄口がない代わりに警戒するような気配もない。
『あの、私、午後出てしまうので入れ違いになるんですが』
「ああ、そうだな」
『三谷くんの仕事は二件とも、私が引き受けることにしましたので』
秀一は一瞬あいづちを飲み込んだ。
「……大丈夫なのか?」
口をついて出た言葉に、岩瀬が笑う。
その笑い声は驚くほど柔らかかった。
『的場さんに心配されるとか貴重ですね』
「馬鹿言うな。一応俺だってサブマネだぞ」
『ああそうでしたっけ、すみません』
失礼なやつ。
秀一はそう言いかけたが、
『……なので、例の百貨店の件なんですが』
「ああ、あれか。今後の連絡調整とか細々したとこは俺がやるよ。……つってもお前も気になるだろうから、無理ない範囲で顔出せばいい。先方には後で俺から伝えとく」
『ありがとうございます』
岩瀬はほっとしたように言った。
ーー仕事ができる奴とは、話が早くていい。
秀一と同じようなことを、岩瀬も思っているのだろう。そんな気がして、自然と笑みが浮かんだ。
「お前からの感謝の言葉もなかなか貴重だな」
『そうですかね。的場さん以外にはちょいちょい言ってるつもりですけど』
「あー、そうですか。すみませんね、頼りない先輩で」
『あははは』
岩瀬は笑ったが、どうも否定する気はないらしい。
ほんと、馬鹿にしやがって。
秀一は思いながら口を開く。
「じゃあ、三谷をまた病院に送ったら出社するから。宇津木さんにそう伝えといてくれ」
『了解しました。お気をつけて』
「そっちもな」
声をかけて電話を切ると、スマホを三谷に返した。
「サンキュ」
「いえ……」
受けとった三谷が、じぃぃっと秀一を見ている。
「……なんだよ?」
「いえ、別に……」
首を傾げつつ、秀一はウィンカーを出して車道へ走り出た。
三谷が窓の外を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
「なんか、ずいぶんうれしそーだなぁ……」
その目はちらっ、ちらっ、と秀一をうかがい見てくる。それに気づいた秀一は、自然と緩んでいた口元を引締めた。
「馬鹿言ってんじゃねーよ。ったく、誰のせいで仕事調整してると思ってんだ」
「うっ、す、すみません……」
「戻ってきたら俺と岩瀬の分も働いてもらうからな! 覚悟しとけよ!」
「はいぃぃ……」
隣に座る三谷を軽く小突き、運転に集中する。
早く用を済ませて、会社に戻らなくては。
繁忙期が過ぎるまで、また波乗りはお預けだなーー
そう思ったものの、自分でも意外なほど残念には感じなかった。
車内には、秀一がよく聞いているジャズが流れている。ときどき訪れたジャズバーで聞いたセミプロ奏者のCDだ。
「それにしても、二週間とは。エラい面倒なとこ折ったなぁ」
「す、すみません……」
「ま、仕方ないさ。養生して早く治せよ」
腕時計を見ると、ほとんど午前中が終わっている。飲み会の翌日でやる気が低下していたからちょうどいいようにも思うが、今後のことを考えると今日から先は残業続きになりそうだ。
思わずため息をつくと、三谷が恐縮していた。
そのとき、スマホが鳴り、三谷が慌てて電話を取る。
秀一はBGMのボリュームを下げた。
「あ、あの、三谷です」
『三谷くん? 今大丈夫?』
「だ、大丈夫です。的場さんが車出してくれて、入院に必要なものを取りに行ってます」
『ああ、そう』
助手席に座る三谷が右耳に当てているからか、向こうの声もなんとなく聞こえた。この声は岩瀬だろう。
『今日の打合せ資料、どこにあるかな。今、パソコンのフォルダ見てるんだけど分からなくて』
「あっ、えと、今日は先方が最終調整したものを確認する予定なので、今までの資料があれば大丈夫です。今までの資料は……」
『うん、それは私も持ってるから大丈夫。了解。あとは……』
赤信号になった。ブレーキを踏む。長い信号だったから、自動でアイドリングストップになった。
淡々とした岩瀬の声と上擦った三谷の返答を聞くともなしに聞きながら、自然と口元に笑みが浮かぶ。
テキパキと仕事をさばく岩瀬の姿が浮かんだ。
「あの、岩瀬さん、何かのときはいつでも電話ください。ほんとご迷惑おかけして……すみません」
『ううん、大丈夫。的場さんは? まだ運転中?』
「あ、はい。運転中で……」
「代わるよ」
秀一は言って、車を路肩に寄せると停めた。三谷からスマホを受け取り耳に当てる。
「もしもし」
『的場さん、お疲れさまです』
「半日仕事になっちまったな」
『最近は病院てどこも混んでますし、仕方ないですよ』
顔が見えないからか、それとも一種の極限状態だからか、岩瀬は無駄口がない代わりに警戒するような気配もない。
『あの、私、午後出てしまうので入れ違いになるんですが』
「ああ、そうだな」
『三谷くんの仕事は二件とも、私が引き受けることにしましたので』
秀一は一瞬あいづちを飲み込んだ。
「……大丈夫なのか?」
口をついて出た言葉に、岩瀬が笑う。
その笑い声は驚くほど柔らかかった。
『的場さんに心配されるとか貴重ですね』
「馬鹿言うな。一応俺だってサブマネだぞ」
『ああそうでしたっけ、すみません』
失礼なやつ。
秀一はそう言いかけたが、
『……なので、例の百貨店の件なんですが』
「ああ、あれか。今後の連絡調整とか細々したとこは俺がやるよ。……つってもお前も気になるだろうから、無理ない範囲で顔出せばいい。先方には後で俺から伝えとく」
『ありがとうございます』
岩瀬はほっとしたように言った。
ーー仕事ができる奴とは、話が早くていい。
秀一と同じようなことを、岩瀬も思っているのだろう。そんな気がして、自然と笑みが浮かんだ。
「お前からの感謝の言葉もなかなか貴重だな」
『そうですかね。的場さん以外にはちょいちょい言ってるつもりですけど』
「あー、そうですか。すみませんね、頼りない先輩で」
『あははは』
岩瀬は笑ったが、どうも否定する気はないらしい。
ほんと、馬鹿にしやがって。
秀一は思いながら口を開く。
「じゃあ、三谷をまた病院に送ったら出社するから。宇津木さんにそう伝えといてくれ」
『了解しました。お気をつけて』
「そっちもな」
声をかけて電話を切ると、スマホを三谷に返した。
「サンキュ」
「いえ……」
受けとった三谷が、じぃぃっと秀一を見ている。
「……なんだよ?」
「いえ、別に……」
首を傾げつつ、秀一はウィンカーを出して車道へ走り出た。
三谷が窓の外を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
「なんか、ずいぶんうれしそーだなぁ……」
その目はちらっ、ちらっ、と秀一をうかがい見てくる。それに気づいた秀一は、自然と緩んでいた口元を引締めた。
「馬鹿言ってんじゃねーよ。ったく、誰のせいで仕事調整してると思ってんだ」
「うっ、す、すみません……」
「戻ってきたら俺と岩瀬の分も働いてもらうからな! 覚悟しとけよ!」
「はいぃぃ……」
隣に座る三谷を軽く小突き、運転に集中する。
早く用を済ませて、会社に戻らなくては。
繁忙期が過ぎるまで、また波乗りはお預けだなーー
そう思ったものの、自分でも意外なほど残念には感じなかった。