恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
「……おかしいな」
秀一はスマホを耳に当てながら首を傾げた。
1時間ほど前に一度、そしてもう一度電話をかけているのだが、岩瀬が出る気配がない。
もしかして、とうとう倒れたか?
思いはしたが、イベントで何かあったのなら宇津木から連絡があるだろう。仕事自体は無事終えて、帰途何かあった可能性もある。
壁際で渋面になり、スマホを耳から外す。
近づいてくる男の気配に気付かなかった秀一は、肩にぽんと手を置かれて、ぎくりと身をすくませた。
「よっ、的場ちゃん。おつ」
爽やかな笑顔で軽い挨拶をしてきたのは、本社の冴木だ。
いつだか岩瀬が「顔が好み」と言っていた例の男。筋肉質な秀一に対してすらりと細い身体に、ブルーのラインがさりげなく効いたグレースーツを纏っている。
色白の肌にさらりとした黒髪と切れ長の目、常に笑顔を絶やさない薄い唇。
その容姿と柔和な態度で、確かに本社でも女子に人気があったとは、秀一も知っていた。
今日は違うところで仕事だったらしいが、イベント最終日の様子を見に、わざわざこちらに寄ったらしい。
「……ああ」
苦い顔でスマホをジャケットにつっこむ。岩瀬から折り返しの連絡がないかと、ポケットの中に意識を向けつつ冴木に向き直った。
「いやー、無事盛況だったようでよかったよ」
「本社のありがたーいお膳立てがあったからな」
「ははは、お膳立てというか口出し、でしょ?」
実際のところ、今回のイベントは、元々本社と、本社の近くにある同系列の百貨店との繋がりがあって実現したものだ。
本社としては、イベント会場としてもクライアントとしても、場合によっては物品の融通にあっても利用価値がある百貨店との繋がりを強くしておきたい。だからこそ、折に触れ失敗は許さないと言わんばかりのプレッシャーを、それとなくかけられていた。
むろん、そうした内容の連絡は岩瀬に伝わる前に秀一のところで握り潰していたが。
「ったく。担当がやる気なくなるよーなことをイチイチ言ってくるなよな」
「どーんと任せて、どかーんと失敗されたら困るじゃない。ま、その辺お前のことだからうまくやったんでしょ。可愛い後輩ちゃんたち庇いながらさ」
冴木は笑って秀一の肩を叩く。二人は入社が同時でいわゆる同期にあたるが、冴木は転職組のため社会人経験は2年ほど長い。
それは差し置いても、なにかと要領のいい冴木には秀一すらいいように使われている感がある。
「それにしても、悩ましげな顔してどうしちゃったの? 柄でもないじゃん」
「別に……」
「当てよっか。オンナ関係?」
秀一はいらだちを隠しもせず冴木を睨みつけた。
「仕事中にくだらない話すんな」
「くだらないかなー。そうでもないんじゃないの」
くつくつ笑う冴木は完全におちょくる姿勢だ。
「宇津木さんが気にしてたよー。なんか支社の子一人入院しちゃったんだって? 岩瀬さんが一人でてんてこ舞いしてるから、心配だって」
「それでも本社からのヘルプはなかったけどな」
「えー。だってこっちも繁忙期だもん、人割けないよー。仕方なくない?」
秀一は苦々しげに舌打ちすると、明るい店内へとまた足を向ける。冴木は当然のようについて来た。
「珍しいじゃん、そんな必死に誰か守ろうとすんの」
「別に守ろうとなんてしてない」
「岩瀬さん、一生懸命になりすぎちゃうタイプだもんねー。心配だよねー」
「だから違うって言ってんだろ」
「まー、そこが可愛いんだけど」
秀一は立ち止まって冴木を睨みつけた。冴木は楽しそうに目を細めている。
「可愛いでしょ? 俺もぼちぼち、本気で陥落しにかかろうかなぁ」
「……お前、どういうつもりだ」
「別にぃー。俺もさー、岩瀬さんとは、ちょいちょい顔出して距離詰めてたつもりだけどね。我が社随一の色男が興味持ったならのんびりしてらんないなって思っただけ」
冴木はにっこりと笑ったが、その目はまったく笑っていない。秀一の本音を探るように、じっと見つめてくる。
秀一は舌打ちを噛み殺して目を逸らした。
「……勝手にしろ。俺には関係ない話だ」
言いながら、スラックスのポケットに手をつっこむ。
飲み会での岩瀬の言葉が、今さらながら脳裏にリフレインした。
的場さんの顔は派手過ぎるっていうか。
本社の冴木さんとか。
素敵ですよねー。
岩瀬の言葉を思い出すたび、ちくりちくりと胸が痛む。
あのときはまだ、知らなかった岩瀬の表情も同時に思い出す。
飲み会で見せたリラックスした笑顔。
二人で食事した後に見せた無防備な寝顔。
秀一のからかいにむきになって赤く染まる頬。
きりりと仕事に向き合う真っすぐな目ーー
「ふぅん」
冴木は秀一の後ろで、いわくありげなあいづちを打つ。
「関係ない、ねぇ」
笑みと余裕を含んだその声音が、どうにも腹立たしかった。
秀一はジャケットに入れたスマホに布越しに触れる。
岩瀬からの連絡はない。
……何もなければいいが。
繁忙期で仕方ないとはいえ、一週間以上の連勤になってしまっている。既に管理職予備軍でもある秀一はともかく、岩瀬はせめてイベントのない明日を一日、休めるように配慮した。
とはいえ、夜には百貨店社員との打ち上げを予定している。今、連絡がないにしろ、そこで様子は分かるだろう。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。あ、そーだ。的場ちゃん」
冴木は秀一の顔を覗き込んで、にやりとした。
「俺、明日の打ち上げにもお邪魔するから。岩瀬さんにもヨロシクね」
「……は?」
「百貨店の那岐山さん、前まで都内の店舗にいたの。つまり俺とも仲良しってわけ」
ぱちりとウィンクした冴木は声のトーンを落とし、
「百貨店側は女子も多いでしょ。いい男が多い方が喜ぶから……ってさ」
と囁くと、ひらりと手を振って去って行った。
「……何なんだ、あいつ」
宣戦布告めいた態度に、秀一はいらだちを通り越して呆れた。
周囲から声をかけられれば微笑んで挨拶を交わす冴木の、シワのないスーツの背中を見送り、ため息をつく。
無意識に、ジャケットの中からスマホを取り出した。
ーー着信無し。
秀一は周りに聞こえないよう、再び小さく舌打ちをした。
秀一はスマホを耳に当てながら首を傾げた。
1時間ほど前に一度、そしてもう一度電話をかけているのだが、岩瀬が出る気配がない。
もしかして、とうとう倒れたか?
思いはしたが、イベントで何かあったのなら宇津木から連絡があるだろう。仕事自体は無事終えて、帰途何かあった可能性もある。
壁際で渋面になり、スマホを耳から外す。
近づいてくる男の気配に気付かなかった秀一は、肩にぽんと手を置かれて、ぎくりと身をすくませた。
「よっ、的場ちゃん。おつ」
爽やかな笑顔で軽い挨拶をしてきたのは、本社の冴木だ。
いつだか岩瀬が「顔が好み」と言っていた例の男。筋肉質な秀一に対してすらりと細い身体に、ブルーのラインがさりげなく効いたグレースーツを纏っている。
色白の肌にさらりとした黒髪と切れ長の目、常に笑顔を絶やさない薄い唇。
その容姿と柔和な態度で、確かに本社でも女子に人気があったとは、秀一も知っていた。
今日は違うところで仕事だったらしいが、イベント最終日の様子を見に、わざわざこちらに寄ったらしい。
「……ああ」
苦い顔でスマホをジャケットにつっこむ。岩瀬から折り返しの連絡がないかと、ポケットの中に意識を向けつつ冴木に向き直った。
「いやー、無事盛況だったようでよかったよ」
「本社のありがたーいお膳立てがあったからな」
「ははは、お膳立てというか口出し、でしょ?」
実際のところ、今回のイベントは、元々本社と、本社の近くにある同系列の百貨店との繋がりがあって実現したものだ。
本社としては、イベント会場としてもクライアントとしても、場合によっては物品の融通にあっても利用価値がある百貨店との繋がりを強くしておきたい。だからこそ、折に触れ失敗は許さないと言わんばかりのプレッシャーを、それとなくかけられていた。
むろん、そうした内容の連絡は岩瀬に伝わる前に秀一のところで握り潰していたが。
「ったく。担当がやる気なくなるよーなことをイチイチ言ってくるなよな」
「どーんと任せて、どかーんと失敗されたら困るじゃない。ま、その辺お前のことだからうまくやったんでしょ。可愛い後輩ちゃんたち庇いながらさ」
冴木は笑って秀一の肩を叩く。二人は入社が同時でいわゆる同期にあたるが、冴木は転職組のため社会人経験は2年ほど長い。
それは差し置いても、なにかと要領のいい冴木には秀一すらいいように使われている感がある。
「それにしても、悩ましげな顔してどうしちゃったの? 柄でもないじゃん」
「別に……」
「当てよっか。オンナ関係?」
秀一はいらだちを隠しもせず冴木を睨みつけた。
「仕事中にくだらない話すんな」
「くだらないかなー。そうでもないんじゃないの」
くつくつ笑う冴木は完全におちょくる姿勢だ。
「宇津木さんが気にしてたよー。なんか支社の子一人入院しちゃったんだって? 岩瀬さんが一人でてんてこ舞いしてるから、心配だって」
「それでも本社からのヘルプはなかったけどな」
「えー。だってこっちも繁忙期だもん、人割けないよー。仕方なくない?」
秀一は苦々しげに舌打ちすると、明るい店内へとまた足を向ける。冴木は当然のようについて来た。
「珍しいじゃん、そんな必死に誰か守ろうとすんの」
「別に守ろうとなんてしてない」
「岩瀬さん、一生懸命になりすぎちゃうタイプだもんねー。心配だよねー」
「だから違うって言ってんだろ」
「まー、そこが可愛いんだけど」
秀一は立ち止まって冴木を睨みつけた。冴木は楽しそうに目を細めている。
「可愛いでしょ? 俺もぼちぼち、本気で陥落しにかかろうかなぁ」
「……お前、どういうつもりだ」
「別にぃー。俺もさー、岩瀬さんとは、ちょいちょい顔出して距離詰めてたつもりだけどね。我が社随一の色男が興味持ったならのんびりしてらんないなって思っただけ」
冴木はにっこりと笑ったが、その目はまったく笑っていない。秀一の本音を探るように、じっと見つめてくる。
秀一は舌打ちを噛み殺して目を逸らした。
「……勝手にしろ。俺には関係ない話だ」
言いながら、スラックスのポケットに手をつっこむ。
飲み会での岩瀬の言葉が、今さらながら脳裏にリフレインした。
的場さんの顔は派手過ぎるっていうか。
本社の冴木さんとか。
素敵ですよねー。
岩瀬の言葉を思い出すたび、ちくりちくりと胸が痛む。
あのときはまだ、知らなかった岩瀬の表情も同時に思い出す。
飲み会で見せたリラックスした笑顔。
二人で食事した後に見せた無防備な寝顔。
秀一のからかいにむきになって赤く染まる頬。
きりりと仕事に向き合う真っすぐな目ーー
「ふぅん」
冴木は秀一の後ろで、いわくありげなあいづちを打つ。
「関係ない、ねぇ」
笑みと余裕を含んだその声音が、どうにも腹立たしかった。
秀一はジャケットに入れたスマホに布越しに触れる。
岩瀬からの連絡はない。
……何もなければいいが。
繁忙期で仕方ないとはいえ、一週間以上の連勤になってしまっている。既に管理職予備軍でもある秀一はともかく、岩瀬はせめてイベントのない明日を一日、休めるように配慮した。
とはいえ、夜には百貨店社員との打ち上げを予定している。今、連絡がないにしろ、そこで様子は分かるだろう。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。あ、そーだ。的場ちゃん」
冴木は秀一の顔を覗き込んで、にやりとした。
「俺、明日の打ち上げにもお邪魔するから。岩瀬さんにもヨロシクね」
「……は?」
「百貨店の那岐山さん、前まで都内の店舗にいたの。つまり俺とも仲良しってわけ」
ぱちりとウィンクした冴木は声のトーンを落とし、
「百貨店側は女子も多いでしょ。いい男が多い方が喜ぶから……ってさ」
と囁くと、ひらりと手を振って去って行った。
「……何なんだ、あいつ」
宣戦布告めいた態度に、秀一はいらだちを通り越して呆れた。
周囲から声をかけられれば微笑んで挨拶を交わす冴木の、シワのないスーツの背中を見送り、ため息をつく。
無意識に、ジャケットの中からスマホを取り出した。
ーー着信無し。
秀一は周りに聞こえないよう、再び小さく舌打ちをした。