恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
「なんで、的場さんて岩瀬さんにやたら絡むんですか?」

 女性陣がオフィスを去った後、唐突に三谷が秀一を見やった。
 なかなかストレートな質問だ。怖いもの知らずの若者らしい姿勢ともいえる。
 そんなことを思う自分が年寄りじみていて、秀一は「うーん?」と頬杖をついた。

「絡んできてるのは向こうじゃないの」
「そうですかぁ?」

 三谷は首を傾げながら、キーボードを叩いている。
 そういえば、何度か催促している報告書をまだ見ていない。ようやくやる気になったのだろうか。

「だって、岩瀬さんの地雷なんて分かりきってるじゃないですか。岩瀬さんの前以外では絶対言わないくせに、あえて嫌がること言うんですもん」

 三谷の言葉に笑ったのは、マネージャーの宇津木だった。意外なところからの笑い声に二人が振り返ると、宇津木は笑いながら「すまん」と手を挙げる。

「いや、三谷も三谷なりに、ちゃんと見てるんだなぁと思ってな」
「何ですか、それ。馬鹿にしてます?」
「してない、してない。感心してるんだよ」

 二人のやり取りを見ながら、秀一は長島がいれてくれたコーヒーをすすった。
 宇津木と三谷は約二十歳離れているので、互いにほとんど父子のような感覚があるらしい。つき合いの長い秀一よりも、宇津木がリラックスしているように見えることもある。

「でも、的場さんって、ぶっちゃけ、岩瀬さんのことどう思ってるんですか?」

 三谷が目を輝かせて秀一の方を向いた。
 秀一は思わず呆れて半眼になる。

「信頼できる部下だと思ってるよ。そんなことよりお前、報告書さっさと出せ」
「できました! 今送ります!!」

 小気味よい音を立ててエンターキーを押した三谷が、「どうだ」と言わんばかりに胸を張る。
 やる気になってできるのなら、秀一がせっつかずとも片付けて欲しいところだ。
 三谷の目は「さあご褒美を!」と無言の圧力をかけてくる。
 秀一はため息をついた。

「……まあ、抱けるかどうかと聞かれれば抱けるけど」
「だ、抱けっ!?」

 予想外の言葉だったのだろう、三谷は動揺してひっくり返った声で復唱しかけ、自分の口を手で塞いだ。
 漫画みたいな反応をする奴だ。秀一は笑いを堪える。

「えっ、え? 俺、そんな話してましたっけ? だ? だく? 岩瀬さんを?」

 混乱しているらしい三谷の顔は、一瞬後、真っ赤になった。

「やーだ、三谷くん、想像しちゃったの? えっちー」
「だ、だって的場さんが!」
「あれー? なに、もしかして……」

 秀一はにやり、と悪辣な顔で笑う。

「三谷くん、童貞?」
「ちっ、違っ、一応、経験ありますっ!」
「一応、ね」
「あっ、一応じゃなくてっ」

 三谷が真っ赤な顔でわたわたしていると、宇津木から呆れたように「的場、あんまり後輩で遊ぶなよ」と忠言が聞こえる。

「コミュニケーションの一環ですよ」

 秀一がひょいと肩をすくめると、宇津木はやれやれとため息をついた。

「岩瀬で遊ぶのも、ホドホドにしろ。バカみたいに真面目なやつなんだから」
「分かってます」

 答えてから、ふと秀一は考える。

「でもなんか、ああいうやつって……」

 言いかけて、こめかみに青筋を立てた岩瀬の白い顔を思い出す。
 いつもツンと澄ましているので、本社では「クールビューティ」と専らの噂だった。
 それが、秀一の言葉一つで顔を赤くしたり青くしたりして、感情をあらわにするのだ。
 ーーこんなに面白いこともない。
 秀一の唇の端が自然と引き上がった。

「こう……すましてる顔、崩したくなりません?」

 三谷が絶句し、宇津木が呆れた顔でため息をつく。

「それって、好きな子ほどいじりたくなるっていうアレじゃ……痛てッ!!」

 小さく丸めたメモを投げると、三谷の額に直撃した。「何すんですか!!」と批難の視線を適当に流して、開いたメールボックスを閉じる。

「メール、ファイル添付忘れてる。ポカミスすんな」
「うっ、すみません。今再送します……」
「あと、何度も言ってるが報告書は翌日が基本、遅くとも一週間以内が目安だぞ。お前の報告が遅くなれば、その分、情報の共有も遅くなるんだ。イベントだけが仕事だと思うな」
「は、はい……」

 三谷はしゅんと小さくなって、「すみません」とパソコンに向き直る。秀一はそれを見て、ほとんど冷めたコーヒーを口に運んだ。
 戻したカップの隣に、岩瀬が置いていったチョコレートがある。
 確認すると、時計はまだ十二時前を指している。空いた小腹にちょうどいい。
 封を切って、四角いそれを口に放り込む。何となしに噛むと、ビターなコーヒーの香りが広がった。
 包装を見れば「コーヒー味」と書いてある。

 ーー打ち合わせの報告、下書きだけでも書いておいてやるか。

 わずかに芽生えた罪悪感に、簡単な報告書を書いて出力した。岩瀬と共有しようと、デスクの上に用紙を置く。
 ついでに岩瀬の隣のデスクである三谷の肩をぽんと叩いた。

「で、お前はできたか?」
「あ、はい、多分……送れた、はずです」
「了解、確認する」

 答えて自分のデスクへ戻る途中、ふと三谷の机のチョコレートが目に入った。
 岩瀬がお詫びにと置いていったそれは、秀一の味とは違うらしい。甘党の三谷に合わせてか「MILK」と表記されているのが見えた。
 そういう、意外と細やかなところが、岩瀬にはある。
 秀一は後ろ頭を掻いた。
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