恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
「……で、今日は何があったの?」

 好波は長島に聞かれて、深々とため息をついた。
 女子三人が選んだ店は、会社近くにある人気のレストランだ。いつもなら売り切れて食べられない一日十食限定オムライスランチをそれぞれ頼み、前菜として出された小さなガラスボウルに盛り付けられたサラダをつつく。

「いつもと同じですよ……って言うと、なんでいつも懲りずに怒ってるんだって話ですよね……」

 問いに答えるより先に、言葉が愚痴に変わった。
 好波の目にはもはや卓上のサラダしか見えていない。磨かれたフォークでブスブスと野菜を突き刺しつつも、一向に口に運ぶ気にもならなかった。
 長島と小山内が互いに顔を見合わせた。

「あの……岩瀬さん?」
「あ、ごめん。お行儀悪くて」

 好波はどうにか顔を上げて小山内に答え、フォークを一度ナプキンの上に置いた。
 「食欲ない?」と心配な顔をする長島に、「大丈夫です」と苦笑を返す。

「今日は、そうですねぇ。ゴールデンウイークに予定してる、物産展に使う広告デザインの最終確認だったんですけど」
「ああ、そういえばそうだったわね」

 ゴールデンウイークといえば、イベントが目白押しの時期だ。イベントの企画・運営がなりわいである株式会社event-inにとっても繁忙期にあたる。
 イベントーーと一口に言っても、その内容は様々だ。
 社内イベントや同窓会、結婚パーティなどの、小規模かつターゲットが明確なイベントもあれば、ショッピングモールや一般参加のイベントなど、不特定多数をターゲットとしたイベントもある。
 そんな中で好波たちが何をするかといえば、基本的にはクライアントの要望を聞き、効果的なイベントを企画・提案するわけだ。
 ただ、広告の作成や宣伝、当日の人員確保等、展開する仕事は細分化できる。そのため、どこまで自社で対応するかは各会社によるのだが、デザインはA社、グッズ作成はB社、当日の人員確保はC社……というように、連携する会社との中継役を担うのが一般的だ。
 好波たちも多くの会社と同じく、多いときでは一つのイベントに十社以上の関係企業の協力を仰ぐ。

 ゴールデンウイークに予定している物産展は、百貨店をクライアントとして企画がスタートしている。今日はデザイン会社と共に、三社で広告のデザインを確認したのだ。
 ちなみに、案件のレベルとしては好波が一人で対応してもおかしくないのだが、今回の仕事は東京にある本社も若干絡んでいる。だからだろう、最初に話を受けた秀一が最後まで見届けたいといい、実働人員として好波を同伴する形をとっている。

「百貨店の担当者さん、女性なんですけど頭の回転が速い方で。打合せしてても、迷わずバシバシさばいてくれるから話がどんどん進んで助かるんですけど」

 今日の打合せは十時からだった。その百貨店は徒歩十分の距離にあるとはいえ、十一時頃には帰社できたのだから、即断即決だったというのも頷けるだろう。

「打合せが終わった後で、的場さんが」

 好波はうつむき、深々とため息をつく。まぶたの裏に、打ち合わせでの風景がちらついた。
 クライアントの女性に、人好きのする笑顔を浮かべた的場の横顔。
 口を開いた言葉の抑揚に至るまで、鮮明に思い出す――

「『いつも話が早くて助かります。あなたみたいな人と一緒にいたら、展開がどんどん進んで、充実した毎日が過ごせそうですね』って――」
「うーん、グレイですね」
「確かにグレイゾーンだわ」

 すぐさま、長島と小山内からジャッジが飛んだ。
 好波は深々と息を吐き出しつつ、「でしょぉおおおお?」とうめくような声で言う。

「確かに的場さんが言うように、向こうは『ビジネス上』っていう前提で受け取ったみたいで、『そうですかね、光栄です』って嬉しそうに笑ってたんですけどね! 横にいる私はもう、冷や汗ダラダラですよ!」
「お疲れさまです……」
「大変だったわねぇ……」
「もう、やだ……! いっつもこんなだもん、ほんと嫌……的場さんに同伴したくない……」

 ううううう、と顔を覆う好波に、長島は同情の視線でそっと肩を撫でた。
 ここぞとばかりに甘えた好波が「長島さぁん」と抱き着くと、長島が「よしよし」と背中をさすってくれる。
 抱擁を交わす二人を見ながら、小山内が不思議そうに首を傾げた。

「でも、変ですよねぇ。私が本社で見聞きしてた的場さんって、そういうこと絶対、ぜっったい、しない感じだったんですけど」

 小山内の言葉に、好波の動きが止まる。長島もぽかんとした。

「……って、どういうこと?」

 思わず身を乗り出すと、小山内が「えっ」とうろたえる。
 考えてみれば、好波が同期から聞いたのはあくまで仕事上の話だけだ。好波自身、そもそもそういうミーハーな話にあまり興味がなかったし、同期も好波のそういう性格を分かっていたからあえて話さなかったのだろう。

「ええと。私が聞いた話では……」

 こほんと小さく咳ばらいをして、小山内は困惑したように頬を掻く。

「飲み会も必要最低限しか来ない、ってもっぱらの噂でしたよ。ほら、的場さんって目立つじゃないですか。見た目ああだし、テキパキ仕事できるし、上司からも気に入られるし、後輩の面倒見もいいし。だから、憧れてる女子も多くて、飲み会にもしょっちゅう誘われてたらいんですけど、ほとんど断ってたって」

 好波の眉間にしわが寄る。

「……嘘でしょ?」
「嘘じゃないですよー。だってあの容姿だし、いちいち誘いに乗ってたら女釣れまくっちゃって大変じゃないですか」
「……釣りまくってたんじゃないの?」
「やーね、好波ちゃん。的場さんの趣味は波乗りで、海釣りではないでしょ」
「長島さん、上手い。座布団一枚」
「舞ちゃん、いいから。そっちの話はいいから」

 きゃっきゃと喜ぶ長島と小山内を制して、好波が言う。小山内は「すみません」と苦笑し、空気を切り替えるようにこほんと咳払いした。

「だから、男子社員とはふざけたり軽口叩いたりするけど、女子社員とはぴっしり線引いてて――取引先とも、飲みに誘われてもよほどでなければ断ってたらしいです」
「待って」

 好波が手を挙げ、小山内が「はい」と姿勢を改めて黙る。
 好波は「うーん」と悩みながら口を開いた。

「……さっき話した百貨店の件、前回の打合せでは『終わったら打ち上げでもしましょう』って誘ってたの的場さんの方なんだけど」
「あー……そんなこと言ってましたね、そういえば」

 前回の好波の”お叱り”はあのときオフィスにいた者なら全員耳にしているはずだ。
 二週間ほど前だったか、会社に戻って来るなり「的場さんッ! クライアント側からお誘いがない限り、打ち上げしましょうなんてこっちから言っちゃだめです!!」と好波が怒鳴ったことを思い出す。
 ーー思い出す度に落ち込むわけだが。
 ふと、長島が首を傾げた。

「じゃあ、その百貨店の担当者さんを狙ってるとか……?」
「いや、違う仕事のときも似たようなことあったよ……いっそ夜に打ち合わせてそのまま飲みに行きますか? みたいな……」

 好波は深々とため息をついて脱力した。

「分からない……的場さんが分からない……」
「岩瀬さんで遊んでるとしか思えませんねー」
「なんでそんな無駄なことするのよ……!」

 好波が半眼を向けると、小山内は「それもそうですね」と肩をすくめた。

「ま、でも私は嫌いじゃないですよ。的場さんとやりとりしてる岩瀬さん」
「……なんで?」
「んー、なんか……ちょっと親近感わくっていうか」

 小山内は言って、照れ臭そうに微笑んだ。

「本社でも、岩瀬さんの話聞いたことがあるんです。渚のクールビューティー、みたいな」
「ネーミングがダサい……ダサ過ぎる……」

 渚の、とは、支社の立地が本社よりも海に近いからだろう。頭を抱える好波に、小山内は笑った。

「でも、的場さんのことで悩んだり苦しんだりしてるの見ると、ああ同じ人間だなって思えて安心します」

 にこにこしながら言われて、好波は「ああ、そう……」とため息混じりに答える。

「オムライスお持ちいたしました」
「あっ! 待ってましたー!」

 店員が三つの皿を持って来る。手を叩いて受けとった小山内は、その香りを嗅いでむふふと笑った。

「さ、とにかく食べましょ、食べましょ。お腹が膨れれば悩みなんてどっか行っちゃいますって」
「……そういうもんなの……?」
「私はそういうタイプです」
「それでも太らないのね……」
「太れないんですよね、よくわかんないんですけど」

 嬉しそうにオムライスを口に運ぶ小山内に、長島と好波が「うらやましいわねぇ」「若いっていいですね」と羨望の眼差しを向けた。
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