恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
その夜もまた、好波は夢を見た。
それは、病気で寝込んでいたときに見た夢の続きのようだった。
サーフィンボードを手に、波打際を歩いてて来る的場。
まだ幼い少女が、たどたどしい足取りで駆け寄っていく。
的場はその小さな身体を受け止め、軽々と抱き上げた。
そしてひとしきり遊ぶと、好波の方へ手を伸ばす。
ーー好波。
優しく名前をよばれるや、その力強い手に引き寄せられる。顔が近づく。
海に反射したきらめきが、的場の瞳に写り込んでいる。
ーー好波。
互いの目を見つめながら微笑みーー唇が重なる。
ーーなんて、幸せな時間ーー
***
「ーー好波」
リアル過ぎる声にはっとして、好波は目を開いた。ラフなTシャツ姿の的場が、目の前で微笑んでいる。
「ようやく起きたか。もう俺はひと運動してきたぞ」
言うそれが何を意味しているかは、濡れた髪から分かった。すっかり日が昇りきっている気配に、好波は慌てる。
起き上がって自分が裸であることに気づき、布団を身体に押さえつけながら左右を見た。
「今、何時ですか?」
「十時すぎ」
「えっ!?」
好波は慌てた。就業時間を過ぎている。
が、それを見越したように、的場はにやりと笑った。
「安心しろ。今日は二人とも休むっつっといた」
「えぇ!?」
あまりに予想外の言葉に、好波はうろたえた。
「な、なんで……!」
「三谷にはさんざんな思いさせられたんだ、1日くらい代わりさせとけ」
「で、でも。今日休んだら土日もあって、3日間休むことにーー」
「いいだろ、別に」
言う的場の唇はわずかに尖っている。好波は困惑して言葉を止めた。
的場は照れを隠すように難しい顔をして、好波を抱き寄せる。
それは夢の中で感じたぬくもりとよく似ていた。
「……ようやく手に入れたのに、そんなにすぐに離せるか」
すねたような声を耳にして、ぬくもりが胸にじわりと広がる。
好波はくすりと笑った。
「……でも、宇津木さん変に思ってませんでした?」
「あー、大丈夫だろ。冴木に付き合わされて揃って飲みすぎた、疲れが祟ったらしい、っつっといたから」
的場は好波の背中を撫でながら言う。剥き出しになった肌に大きな手のぬくもりが気持ち良くもあり、落ち着かない木もした。
「まあ、俺たちが互いの家に行き来する仲だってことは言ったけど」
「!!??」
さらりと口にされた爆弾発言に、好波は顔を引き攣らせて的場を見上げる。的場は好波を見下ろしながらにやにやした。
「嘘はついてないだろ。三谷がぐでんぐでんになったときから“そういう仲“だ」
「そ、それってーーそれってーー」
「まあ、三谷は絶句してた」
「ちょっと! 宇津木さんだけに言ったんじゃないんですか!」
三谷に言ったなら、それはすなわちオフィスの全員に知れ渡ったことになる。
慌てる好波の一方で、的場は「最初に電話に出たの三谷だったし」と悪びれた様子もない。
動揺した好波の表情に、的場はつまらなそうに唇を尖らせた。
「それとも、なに? 俺とのことは遊びでしたって言うつもり?」
「そ、そんなつもりは……ない、ですけど……」
語尾がだんだん小さくなる。
確かに一時の過ちで終わらせるつもりはないものの、これからもしばらくは同じ職場で仕事をすることになる。不要ないざこざは避けたいところだ。
「お前が俺のものになったってハッキリさせた方が、働きやすいと思うんだけどなー」
的場がそう唇を尖らせるのは、冴木の件があるからだろう。そう思うと強く言うこともできず、好波はため息をつく。
「……まあ……別にいいですけど」
「うん。そうだろ?」
的場はにこりと笑って、自分のTシャツの裾に手をかけた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。なんで脱ごうとしてるんですか!?」
「え? だってお前だけ裸だと恥ずかしいんだろ」
「じゃ、じゃなくて。私も服、服着ますからっ」
「なんでだよ」
的場はTシャツに手をかけたまま、にやにや笑っている。
「朝イチでいつもの波に乗ってきたから、こっちの波も平等に愛してあげないといけないだろ? 嫉妬しないように」
「し、しませんっ! 海に嫉妬なんてしませんっ!!」
だからとにかく、服を! と、好波はわたわたと的場を避けた。
***
「海に来たのなんて、久しぶり」
ざざ、と波打つ海を眺めながら言った好波に、的場は「こないだ来ただろ」と笑った。
「だって、あのときは夜だったから……全然見えなかったし」
「まあ、それもそうだ」
ヒールのあるパンプスで砂場を歩くのはなかなかに難しく、ときどきふらついては的場に支えられた。
服はさすがに昨日着ていたオフィス用ではなく、的場に借りたラフなTシャツとハーフパンツ。靴だけがちぐはぐだが仕方ない。
的場の服は好波にはずいぶん大きかった。身長差もさることながら、肩幅や胸の厚みなども全く違うから当然だ。だぶつくのは承知の上で、少しの間だけだからと借りることにした。
海の近くにある服の量販店に連れていこうとした的場に、少し海を歩かせてくれとお願いしたのは好波だった。
水面にキラキラと光る粒が眩しくて目を細める。
カップルと共に散歩している犬が横を過ぎて行った。その後ろ姿を見ながら笑う。
「どうした?」
的場に聞かれて、好波は笑った。
「夢を……見たんです」
「夢?」
頷いて、その顔を見上げる。
的場の髪は日の光を反射して、ところどころ金色にも見える。
うつむいた先に、的場の大きな手があった。
少し勇気を出して指先に触れると、指を絡めて握り返される。
照れ臭さと幸福感に、自然と笑顔が込み上げた。
「海にいる夢。……的場さんと、私と……」
言いかけて、言葉を止める。
もう一人の存在は、両想いになった直後に口にするには、重く思われる可能性もあると気づいた。
すると、的場が首を傾げて、先ほど通りすぎたカップルを眺めた。
「俺とお前と、犬か?」
「……犬じゃ……ないです」
好波は笑った。それはそれで楽しそうだが、夢とは違う。的場はうーんと逆方向に首を傾げた。
「じゃあ……子ども?」
好波はどきりとしながら、的場を見上げた。
的場が優しい目でその顔を見下ろしている。
「正解? 女の子? 男の子?」
「……女の子」
「そりゃいいな」
的場は心底嬉しそうに笑った。
好波はほっとして笑い返すと、その腕に擦り寄った。
的場がため息をつく。
「……外じゃヤれないのに、くっつきやがって」
「そのことしか考えてないんですか?」
「お前が子どもがどうとか言うからだ」
「だ、だってそれは、夢の話で」
困惑しながら言い返す好波の口を、的場の唇が塞ぐ。
「……ま、いずれ現実になるさ」
なぜか確信したようなその笑顔に、好波は何も言い返せなかった。
それは、病気で寝込んでいたときに見た夢の続きのようだった。
サーフィンボードを手に、波打際を歩いてて来る的場。
まだ幼い少女が、たどたどしい足取りで駆け寄っていく。
的場はその小さな身体を受け止め、軽々と抱き上げた。
そしてひとしきり遊ぶと、好波の方へ手を伸ばす。
ーー好波。
優しく名前をよばれるや、その力強い手に引き寄せられる。顔が近づく。
海に反射したきらめきが、的場の瞳に写り込んでいる。
ーー好波。
互いの目を見つめながら微笑みーー唇が重なる。
ーーなんて、幸せな時間ーー
***
「ーー好波」
リアル過ぎる声にはっとして、好波は目を開いた。ラフなTシャツ姿の的場が、目の前で微笑んでいる。
「ようやく起きたか。もう俺はひと運動してきたぞ」
言うそれが何を意味しているかは、濡れた髪から分かった。すっかり日が昇りきっている気配に、好波は慌てる。
起き上がって自分が裸であることに気づき、布団を身体に押さえつけながら左右を見た。
「今、何時ですか?」
「十時すぎ」
「えっ!?」
好波は慌てた。就業時間を過ぎている。
が、それを見越したように、的場はにやりと笑った。
「安心しろ。今日は二人とも休むっつっといた」
「えぇ!?」
あまりに予想外の言葉に、好波はうろたえた。
「な、なんで……!」
「三谷にはさんざんな思いさせられたんだ、1日くらい代わりさせとけ」
「で、でも。今日休んだら土日もあって、3日間休むことにーー」
「いいだろ、別に」
言う的場の唇はわずかに尖っている。好波は困惑して言葉を止めた。
的場は照れを隠すように難しい顔をして、好波を抱き寄せる。
それは夢の中で感じたぬくもりとよく似ていた。
「……ようやく手に入れたのに、そんなにすぐに離せるか」
すねたような声を耳にして、ぬくもりが胸にじわりと広がる。
好波はくすりと笑った。
「……でも、宇津木さん変に思ってませんでした?」
「あー、大丈夫だろ。冴木に付き合わされて揃って飲みすぎた、疲れが祟ったらしい、っつっといたから」
的場は好波の背中を撫でながら言う。剥き出しになった肌に大きな手のぬくもりが気持ち良くもあり、落ち着かない木もした。
「まあ、俺たちが互いの家に行き来する仲だってことは言ったけど」
「!!??」
さらりと口にされた爆弾発言に、好波は顔を引き攣らせて的場を見上げる。的場は好波を見下ろしながらにやにやした。
「嘘はついてないだろ。三谷がぐでんぐでんになったときから“そういう仲“だ」
「そ、それってーーそれってーー」
「まあ、三谷は絶句してた」
「ちょっと! 宇津木さんだけに言ったんじゃないんですか!」
三谷に言ったなら、それはすなわちオフィスの全員に知れ渡ったことになる。
慌てる好波の一方で、的場は「最初に電話に出たの三谷だったし」と悪びれた様子もない。
動揺した好波の表情に、的場はつまらなそうに唇を尖らせた。
「それとも、なに? 俺とのことは遊びでしたって言うつもり?」
「そ、そんなつもりは……ない、ですけど……」
語尾がだんだん小さくなる。
確かに一時の過ちで終わらせるつもりはないものの、これからもしばらくは同じ職場で仕事をすることになる。不要ないざこざは避けたいところだ。
「お前が俺のものになったってハッキリさせた方が、働きやすいと思うんだけどなー」
的場がそう唇を尖らせるのは、冴木の件があるからだろう。そう思うと強く言うこともできず、好波はため息をつく。
「……まあ……別にいいですけど」
「うん。そうだろ?」
的場はにこりと笑って、自分のTシャツの裾に手をかけた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。なんで脱ごうとしてるんですか!?」
「え? だってお前だけ裸だと恥ずかしいんだろ」
「じゃ、じゃなくて。私も服、服着ますからっ」
「なんでだよ」
的場はTシャツに手をかけたまま、にやにや笑っている。
「朝イチでいつもの波に乗ってきたから、こっちの波も平等に愛してあげないといけないだろ? 嫉妬しないように」
「し、しませんっ! 海に嫉妬なんてしませんっ!!」
だからとにかく、服を! と、好波はわたわたと的場を避けた。
***
「海に来たのなんて、久しぶり」
ざざ、と波打つ海を眺めながら言った好波に、的場は「こないだ来ただろ」と笑った。
「だって、あのときは夜だったから……全然見えなかったし」
「まあ、それもそうだ」
ヒールのあるパンプスで砂場を歩くのはなかなかに難しく、ときどきふらついては的場に支えられた。
服はさすがに昨日着ていたオフィス用ではなく、的場に借りたラフなTシャツとハーフパンツ。靴だけがちぐはぐだが仕方ない。
的場の服は好波にはずいぶん大きかった。身長差もさることながら、肩幅や胸の厚みなども全く違うから当然だ。だぶつくのは承知の上で、少しの間だけだからと借りることにした。
海の近くにある服の量販店に連れていこうとした的場に、少し海を歩かせてくれとお願いしたのは好波だった。
水面にキラキラと光る粒が眩しくて目を細める。
カップルと共に散歩している犬が横を過ぎて行った。その後ろ姿を見ながら笑う。
「どうした?」
的場に聞かれて、好波は笑った。
「夢を……見たんです」
「夢?」
頷いて、その顔を見上げる。
的場の髪は日の光を反射して、ところどころ金色にも見える。
うつむいた先に、的場の大きな手があった。
少し勇気を出して指先に触れると、指を絡めて握り返される。
照れ臭さと幸福感に、自然と笑顔が込み上げた。
「海にいる夢。……的場さんと、私と……」
言いかけて、言葉を止める。
もう一人の存在は、両想いになった直後に口にするには、重く思われる可能性もあると気づいた。
すると、的場が首を傾げて、先ほど通りすぎたカップルを眺めた。
「俺とお前と、犬か?」
「……犬じゃ……ないです」
好波は笑った。それはそれで楽しそうだが、夢とは違う。的場はうーんと逆方向に首を傾げた。
「じゃあ……子ども?」
好波はどきりとしながら、的場を見上げた。
的場が優しい目でその顔を見下ろしている。
「正解? 女の子? 男の子?」
「……女の子」
「そりゃいいな」
的場は心底嬉しそうに笑った。
好波はほっとして笑い返すと、その腕に擦り寄った。
的場がため息をつく。
「……外じゃヤれないのに、くっつきやがって」
「そのことしか考えてないんですか?」
「お前が子どもがどうとか言うからだ」
「だ、だってそれは、夢の話で」
困惑しながら言い返す好波の口を、的場の唇が塞ぐ。
「……ま、いずれ現実になるさ」
なぜか確信したようなその笑顔に、好波は何も言い返せなかった。