恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
最終章 愛と喧嘩は支社の華
「あっ、宇津木さんお疲れさまでっす」
「おー、これでみんな揃ったな」

 手洗いから戻ってきた優史郎は、式場に着いたばかりの三谷に声をかけられて手を挙げた。
 その横には、先に合流していた長島と小山内もいる。

「三谷くん、もっとギリギリに来るかと思ってたー」
「いや、だって結婚式とか初めてだし……」
「そうなの?」
「二次会は参加したことありますけどね。友達の」
「あー。そんなもんかもね。でもぼちぼちラッシュ始まるよ。ご祝儀がんば」
「確かに、年3、4回とかになると出費ヤバいっすね」

 小山内とそんな会話を繰り広げた後、三谷はガラス張りの壁の外を見やる。

「いやー、6月もびっくりな快晴っすね」
「まだ梅雨入りしてないから、5月晴れの延長ね」
「さっすが岩瀬さんっすね。見込み通り」

 挙式はイベントが少ない時期をと、ピンポイントで5月末から6月頭の土日を狙ったのは岩瀬だ。
 職場結婚になることもあり、できれば支社メンバーには参列してもらいたいーー
 そう言ったのは岩瀬で、義理人情のある要望を意外に思うメンバーもいた。
 が、上司として長年付き合ってきた優史郎は彼女らしいと思う。

 三谷の視線を追って外を見ると、差し込む日差しがキラキラと反射している。
 眼前に広がるのは青空と海。晴天の今日、その境目は曖昧に思えるほど遠い。
 式場のある場所は交通の便がいいとは言いがたいが、その分この景色には観光地化されていない美しさがあった。
 海を前に誓いを……というのが的場の要望だったのだろうとは、はっきり聞かないまでも想像がつく。
 現実主義者と目される的場が、これまた意外とロマンチストなのだということも、優史郎は充分察していた。

「式始まる前に挨拶とかできないんすね」
「あ、でも控室ちょっと見にきてもいいって言ってたよ」
「ほんと? ちょっと行ってみましょ」

 若手二人が目を輝かせるのを見ながら、既婚者である優史郎と長島は目を見合わせて苦笑する。
 様子次第では二人をたしなめるつもりで、四人は控室へ向かった。

 新郎新婦控室、と書かれた部屋の前に着く前に、部屋の中からはあきれたような岩瀬の声が聞こえた。

「信っじらんない! よりによって結婚式当日に波乗りに行く!? 式中にあくびなんかしたら許さないんだからね!」
「だぁって、ここんとこ行けなかったからさぁ。身体中なまって仕方ないよ」
「知らないわよ! 行けなかったのだって自業自得でしょ!? 遊ぶなら結婚前の今だ、とか言って飲み回ってたから早起きできなかったんじゃない!」
「友達に連れ回された、の間違いだよ」
「喜んで行ってたくせに!」

 聞こえてくる怒声に、三谷と小山内は顔を見合わせる。

「……相変わらずみたいですね」
「そうね」

 優史郎と長島は苦笑した。

「今は間が悪いみたいだな」
「そうですね。また後でも挨拶できるから、入るのはやめておきましょう」

 後輩二人は、人生経験豊富な人生の先輩の言葉に従うことにして、そっとドアを離れた。

 ***

 控室では、憤った好波が拳を握っていた。

「せっかく一生に一度なのに! 準備だって頑張ったのに!」
「あー、そうだな、頑張ってたな」

 ほとんど泣きそうになりながら言う好波に、秀一は悪びれた様子もない。

「他でもない新郎に無茶苦茶にされるなんて!」
「まだ何も起こってないだろ。ただ朝サーフィンしただけで」
「それが! おかしいでしょ!?」

 詰め寄る好波に、秀一は苦笑を浮かべた。

「そんなに怒るなって」

 なだめるように言うと、好波の腰を引き寄せた。

「夜にはちゃぁんと、こっちの”波”も楽しませてもらうから」

 相変わらずの軽口に、ぱっと好波の顔が赤くなる。

「ッ……このセクハラオヤジ……!」
「そのセクハラオヤジが好きなんだろ?」

 にやりと口の端を上げた白いタキシード姿は、確かについ見惚れる容姿だ。悔しいながらも好波には言い返せない。
 顔を赤くしたまま唇を尖らせると、秀一は優しく目を細めて好波を見下ろした。

「綺麗だよ、好波。今まで見たどんな海よりも」
「なによ、それ。変な誉め言葉」

 どうにか言い返しながら、それでも好波は知っている。それは海を愛する彼にとって、最大級の褒め言葉だろう。
 秀一が絡めてきた手を握り返して、睨むつもりが、目が合うなり、照れたような笑顔になった。
 秀一もそれに答えるように微笑み返す。

 こんこん、とドアがノックされた。

「新郎様、新婦様、お時間です」
「はい」

 会場の担当者に呼ばれて、二人はチャペルの入口へと向かった。装飾の施された背の高い扉の前で、二人は立ち止まる。

「なぁ」
「何ですか?」
「前にお前が言ってた、夢の話」

 好波はちらりと秀一を見上げる。
 秀一の横顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

「もし、本当に娘ができたら、名前は#愛波__まなみ__#にしよう」
「……なに、それ」
「俺とお前の愛の結晶だろ? ーー好き、くらいじゃ物足りない」

 言って好波を見た秀一の視線は、ひどく甘い。腰を引き寄せられながら、好波は敵わないなと苦笑する。
 唇を触れ合わせそうなほど近づいた距離を見て、介添人がくすりと笑った。

「新郎様、新婦様がお綺麗だからお気持ちは分かりますが、誓いのキスまで我慢してくださいね。ーーさぁ、始まりますよ」

 大きな扉が開く。赤い絨毯の続く先、誓いを果たす目前には、青空と海が広がっている。
 二人を祝福するかのような眩しさに、好波は感動のあまり脚がすくむ。
 それを察したように、秀一が微笑んで、先に一歩を踏み出した。
 好波はその広い背中を父と見送ると、続いて自らも絨毯を進んだ。
 赤い絨毯に、レースを施された白いドレスの裾が波のように広がる。

 そして誓いのキスを交わす二人の背後には、さざ波が宝石のようにきらめいていた。

 FIN.
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