恋と喧嘩は支社の華~お局OLはイケメン上司になびかない
――今日はずいぶんリラックスしてるみたいだな。
秀一は正面に座る岩瀬を見ながら思う。
彼女とは今までも数度、仕事上の関係者を交えて飲みに行ったことがあったが、今日ほど場を楽しんでいる姿も、酒が進んでいる姿も見たことがない。
顔を左右に向けるたび、ふわりとなびくポニーテール。きめ細かい白い肌は、アルコールのせいかほのかに赤く染まっていた。
目鼻立ちははっきりとして、キリリとした目はどちらかというと猫系だ。
動物に例えるなら、白豹だろうか。そう思って笑いそうになる。
「どうかしました?」
小首をかしげた岩瀬が秀一を見つめる。アルコールでわずかに潤んだ目が色っぽいが、本人にその自覚はないだろう。
少しピッチが速いのは確かだが、酒に飲まれるようなタイプではない。酔っているというほどではなさそうだ。
ーー残念ながら。
いやいや、何を考えてるんだ、俺は。
ついつい何かを期待しているらしい自分に自分で呆れる。
「いや、岩瀬を動物に例えるとなんだろうなと考えてた」
「何ですかそれ」
笑う岩瀬の横で、小山内が目を輝かせた。
「あっ、そういう話好きです! 岩瀬さんはロシアンブルー!」
「ピンポイントね。猫、とかじゃないんだ?」
「猫って言っても様々じゃないですか。綺麗で可愛いところもあって、背伸びすればどうにか家で飼えるかなー、みたいな」
「ふふふ、面白い」
岩瀬が機嫌良さそうに笑う。高くも低くもない笑い声が、秀一の耳に心地好く響き、逆に落ち着かない。
小山内は次いで、長島に「ゴールデンレトリバー」、宇津木に「秋田犬」、三谷に「ゴールデンハムスター」と言うと、秀一を見て笑った。
「的場さんはオオカミー」
「はぁ?」
「犬系だけど、犬ほど穏やかじゃない感じ」
きゃっきゃと笑う小山内に半眼を向けたが、返ってきたのは「今日は無礼講なんですよね?」と悪びれない言葉だ。
笑いを堪えきれなくなったらしい岩瀬が噴き出し、手で口を覆って笑っている。
まさに破顔したようなその笑顔が、どうにも――むず痒い。
――俺も飲み過ぎたか。
意図的に愛想を振りまくならともかく、特定の女につい目が行くのは久々だ。
確かに岩瀬の顔立ちは美人の類だし、スーツが似合うスレンダーなモデル体型をしている。が、秀一の好みとしてはもっと肉付きがいい女だ。岩瀬は少し細すぎる。
ーーああ細いと、抱き心地がーー
思いかけて、意図的に思考を止める。これ以上考えるのはよくない。
秀一は「トイレ」と言って立ち上がった。腕時計を見ると、開始から二時間ほど経っている。戻る頃には、そろそろお開きの時間だろう。
どうにか岩瀬と親しくなろうとする三谷の姿を思い出し、笑いがこみ上げた。至らないところは多々あるが、憎めない後輩だ。今回の企画も、まあ、突然ではあったが悪くなかった。
――笑顔も見られたし。
とまた、好波の顔を思い出して自分に呆れる。
これでは後輩の思うツボだ。的場秀一ともあろうものが。
苦笑を浮かべて笑顔の残像を振り払い、用を済ませて手洗いを出る。
と、用を足しに来たのか化粧直しか、手洗いに用があるらしい岩瀬とすれ違った。
「お疲れさまです」と笑んだ目は、いつもよりも打ち解けている。
ーーいつも、親の敵のように睨んでくるくせに。
秀一の、身体か心のどこかが疼いた。それに気づかないふりをして、「ああ」と微笑み返す。
こんなところでボロを出すほど青くはない。
「そろそろ、ラストオーダーらしいですよ。三谷くんは二軒目行く気満々みたいですけど」
「あいつ、あれで二軒目行くのか?」
「二軒目行かないと飲んだ気がしないそうです。的場さんは? どうします?」
「俺? ……俺は……」
腕時計を見ると、確かにまだ十時前だ。
これなら二軒目につき合っても終電には間に合うだろう。
「……岩瀬はどうするんだ?」
「え? 私ですか」
岩瀬は目を数度またたかせ、考えるように少しうつむいた。頬に落ちた長いまつげの陰に、秀一の視線が吸い寄せられる。
「どうしようか、考え中です。……舞ちゃんも行くみたいなんですけど、二人だけは嫌だって言ってるし」
「あ、そう」
秀一は少し考えるそぶりをしてから、にやりと言った。
「じゃあ、お前が行くなら行くってことにしようかな」
「えっ、それじゃ私、行くしかなくなるじゃないですか」
「そうなるかな」
秀一は笑いながら、岩瀬を残して席へ戻る。三谷が食い気味に秀一の腕を引いてきた。
「的場さん、二軒目行きましょー! 宇津木さんからもほら! 二軒目で使えって」
ばばーん、と広げた紙幣の向こうで宇津木が苦笑している。
「明日も仕事だから、ほどほどにな。的場、小山内、三谷の介抱は頼むぞ」
それは、誰を同伴してもしなくても、三谷が二軒目に行くと踏んだ宇津木の保険なのだろう。秀一は呆れて半眼になった。
「……そういうことですか」
「ってどういうことですか?」
手洗いから戻ってきた岩瀬が怪訝そうに眉を寄せる。その手を引いた小山内が、「二軒目決定でーす!」とご機嫌でグラスを手にした。
「それでは、みなさん! ゴールデンウィークはがんばりましょー!」
「いえーい! 締めのかんぱーい!」
勝手に一次会を締め始める小山内とそれを喜ぶ三谷に、秀一は苦笑しながらグラスを掲げた。
秀一は正面に座る岩瀬を見ながら思う。
彼女とは今までも数度、仕事上の関係者を交えて飲みに行ったことがあったが、今日ほど場を楽しんでいる姿も、酒が進んでいる姿も見たことがない。
顔を左右に向けるたび、ふわりとなびくポニーテール。きめ細かい白い肌は、アルコールのせいかほのかに赤く染まっていた。
目鼻立ちははっきりとして、キリリとした目はどちらかというと猫系だ。
動物に例えるなら、白豹だろうか。そう思って笑いそうになる。
「どうかしました?」
小首をかしげた岩瀬が秀一を見つめる。アルコールでわずかに潤んだ目が色っぽいが、本人にその自覚はないだろう。
少しピッチが速いのは確かだが、酒に飲まれるようなタイプではない。酔っているというほどではなさそうだ。
ーー残念ながら。
いやいや、何を考えてるんだ、俺は。
ついつい何かを期待しているらしい自分に自分で呆れる。
「いや、岩瀬を動物に例えるとなんだろうなと考えてた」
「何ですかそれ」
笑う岩瀬の横で、小山内が目を輝かせた。
「あっ、そういう話好きです! 岩瀬さんはロシアンブルー!」
「ピンポイントね。猫、とかじゃないんだ?」
「猫って言っても様々じゃないですか。綺麗で可愛いところもあって、背伸びすればどうにか家で飼えるかなー、みたいな」
「ふふふ、面白い」
岩瀬が機嫌良さそうに笑う。高くも低くもない笑い声が、秀一の耳に心地好く響き、逆に落ち着かない。
小山内は次いで、長島に「ゴールデンレトリバー」、宇津木に「秋田犬」、三谷に「ゴールデンハムスター」と言うと、秀一を見て笑った。
「的場さんはオオカミー」
「はぁ?」
「犬系だけど、犬ほど穏やかじゃない感じ」
きゃっきゃと笑う小山内に半眼を向けたが、返ってきたのは「今日は無礼講なんですよね?」と悪びれない言葉だ。
笑いを堪えきれなくなったらしい岩瀬が噴き出し、手で口を覆って笑っている。
まさに破顔したようなその笑顔が、どうにも――むず痒い。
――俺も飲み過ぎたか。
意図的に愛想を振りまくならともかく、特定の女につい目が行くのは久々だ。
確かに岩瀬の顔立ちは美人の類だし、スーツが似合うスレンダーなモデル体型をしている。が、秀一の好みとしてはもっと肉付きがいい女だ。岩瀬は少し細すぎる。
ーーああ細いと、抱き心地がーー
思いかけて、意図的に思考を止める。これ以上考えるのはよくない。
秀一は「トイレ」と言って立ち上がった。腕時計を見ると、開始から二時間ほど経っている。戻る頃には、そろそろお開きの時間だろう。
どうにか岩瀬と親しくなろうとする三谷の姿を思い出し、笑いがこみ上げた。至らないところは多々あるが、憎めない後輩だ。今回の企画も、まあ、突然ではあったが悪くなかった。
――笑顔も見られたし。
とまた、好波の顔を思い出して自分に呆れる。
これでは後輩の思うツボだ。的場秀一ともあろうものが。
苦笑を浮かべて笑顔の残像を振り払い、用を済ませて手洗いを出る。
と、用を足しに来たのか化粧直しか、手洗いに用があるらしい岩瀬とすれ違った。
「お疲れさまです」と笑んだ目は、いつもよりも打ち解けている。
ーーいつも、親の敵のように睨んでくるくせに。
秀一の、身体か心のどこかが疼いた。それに気づかないふりをして、「ああ」と微笑み返す。
こんなところでボロを出すほど青くはない。
「そろそろ、ラストオーダーらしいですよ。三谷くんは二軒目行く気満々みたいですけど」
「あいつ、あれで二軒目行くのか?」
「二軒目行かないと飲んだ気がしないそうです。的場さんは? どうします?」
「俺? ……俺は……」
腕時計を見ると、確かにまだ十時前だ。
これなら二軒目につき合っても終電には間に合うだろう。
「……岩瀬はどうするんだ?」
「え? 私ですか」
岩瀬は目を数度またたかせ、考えるように少しうつむいた。頬に落ちた長いまつげの陰に、秀一の視線が吸い寄せられる。
「どうしようか、考え中です。……舞ちゃんも行くみたいなんですけど、二人だけは嫌だって言ってるし」
「あ、そう」
秀一は少し考えるそぶりをしてから、にやりと言った。
「じゃあ、お前が行くなら行くってことにしようかな」
「えっ、それじゃ私、行くしかなくなるじゃないですか」
「そうなるかな」
秀一は笑いながら、岩瀬を残して席へ戻る。三谷が食い気味に秀一の腕を引いてきた。
「的場さん、二軒目行きましょー! 宇津木さんからもほら! 二軒目で使えって」
ばばーん、と広げた紙幣の向こうで宇津木が苦笑している。
「明日も仕事だから、ほどほどにな。的場、小山内、三谷の介抱は頼むぞ」
それは、誰を同伴してもしなくても、三谷が二軒目に行くと踏んだ宇津木の保険なのだろう。秀一は呆れて半眼になった。
「……そういうことですか」
「ってどういうことですか?」
手洗いから戻ってきた岩瀬が怪訝そうに眉を寄せる。その手を引いた小山内が、「二軒目決定でーす!」とご機嫌でグラスを手にした。
「それでは、みなさん! ゴールデンウィークはがんばりましょー!」
「いえーい! 締めのかんぱーい!」
勝手に一次会を締め始める小山内とそれを喜ぶ三谷に、秀一は苦笑しながらグラスを掲げた。