愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「柄にもなく、疲れた」

庭園灯の淡い光が、伏せた睫毛と緩めたネクタイの襟元を照らしていた。隙のない人が見せる隙は、目のやり場に困る。

「京介さんでも疲れるんですね。機械みたいに、ずっと動き続けられる人かと思ってました」

からかい半分に言うと、京介さんは小さく笑った。

「機械なら、今頃とっくに壊れてる」

声を上げて笑ってしまった。京介さんも、つられたように口元を緩める。隣のベンチに座って、私は思い切って切り出した。

「この間は、すみませんでした。それと、先方でのこと、見てしまいました」

「……覗き見とは、感心しないな」

京介さんは、夜の庭を見たまま続けた。

「外すと言った以上、本当に外す覚悟でいた。だが、お前は落ち込んだ顔のまま、次の日もちゃんと出てきた。だから今も、現場に立っている」

お前、と呼ばれたのは初めてだった。よそよそしい「水無瀬」という苗字で隔てられていた距離が、その一言でふっと縮まる。

「寒いなら、先に戻れ」

「大丈夫です、これくらい」

強がると、京介さんはしばらくこちらを見つめ、何も言わずに上着を脱いで私の肩にかけた。石鹸と、微かなコーヒーの匂い。内側には、まだ彼の体温が残っている。

「寒そうだったから」

それだけだった。理屈も言い訳もない。だからこそ、鼓動が速くなる。私はそれを、寒さのせいにした。

「ありがとうございます」

その後、上着は通用口で返した。

帰り道、肩にはもう重みがないのに、コートの襟を何度も直してしまった。
< 14 / 22 >

この作品をシェア

pagetop