愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
声は穏やかなのに、断らせない圧があった。
席次は運営責任者と秘書室で決まるもの。そう言うべきだと分かっているのに、言葉が喉の奥でほどけて、「……承ります」と、半分も声にならない息が出ただけだった。
紗英さんは、可笑しそうに目を細めた。
「正直な方ね。顔に、全部書いてあるわ」
「あ、いえ、あの──」
「いいの。あの方には、私から直接お願いするから」
藤色のコートが、紅葉の向こうへ遠ざかっていく。
言えなかった。それが、仕事の言葉を飲み込んだ悔しさなのかどうか、自分でも分からなかった。
その日の夕方、休憩室で缶のミルクティーを開けていると、珠希が紙パックのカフェオレにストローを刺しながら入ってきた。
「今日、京介さんに『やり直し』って言われた。理由の説明、ゼロ」
「私は、『惜しい。あと一歩、お客様の視線の先を見ろ』だった」
珠希のストローが止まった。
「……私は『やり直し』だけだったんだけど。同じ新人なのに。もしかして、千紗だけ特別なんじゃない?」
反論を探した。けれど、どれも言いかけては途中でしぼんでいく。肩に残っていた上着の重みのほうが、先に浮かんでしまったからだ。
「そういうんじゃ、ないと思う」
自分の声が、思ったより小さかった。
「ふーん」
珠希は、それ以上は踏み込んでこなかった。窓の外では、京介さんが庭園へ続く廊下を歩いていく。缶を握ったまま、私はその背中を目で追っていた。
「見てないから」
「まだ何も言ってないって」
笑う珠希から目を逸らして、缶の縁を親指でなぞった。
席次は運営責任者と秘書室で決まるもの。そう言うべきだと分かっているのに、言葉が喉の奥でほどけて、「……承ります」と、半分も声にならない息が出ただけだった。
紗英さんは、可笑しそうに目を細めた。
「正直な方ね。顔に、全部書いてあるわ」
「あ、いえ、あの──」
「いいの。あの方には、私から直接お願いするから」
藤色のコートが、紅葉の向こうへ遠ざかっていく。
言えなかった。それが、仕事の言葉を飲み込んだ悔しさなのかどうか、自分でも分からなかった。
その日の夕方、休憩室で缶のミルクティーを開けていると、珠希が紙パックのカフェオレにストローを刺しながら入ってきた。
「今日、京介さんに『やり直し』って言われた。理由の説明、ゼロ」
「私は、『惜しい。あと一歩、お客様の視線の先を見ろ』だった」
珠希のストローが止まった。
「……私は『やり直し』だけだったんだけど。同じ新人なのに。もしかして、千紗だけ特別なんじゃない?」
反論を探した。けれど、どれも言いかけては途中でしぼんでいく。肩に残っていた上着の重みのほうが、先に浮かんでしまったからだ。
「そういうんじゃ、ないと思う」
自分の声が、思ったより小さかった。
「ふーん」
珠希は、それ以上は踏み込んでこなかった。窓の外では、京介さんが庭園へ続く廊下を歩いていく。缶を握ったまま、私はその背中を目で追っていた。
「見てないから」
「まだ何も言ってないって」
笑う珠希から目を逸らして、缶の縁を親指でなぞった。