愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
振り返った人物の佇まいに、思わず息をのんだ。
清潔に整えた黒髪の下から、涼しげな瞳がこちらを見ていた。目が合っただけで、心の内側まで見抜かれそうだ。
すらりと高い背に、肩の線まで寸分の狂いなく合ったオーダースーツ。三十歳前後だろうか。
「京介だ。堅苦しい前置きはいらない。ただし、仕事の甘さは許さない」
低く落ち着いた声だった。愛想の欠片もない言い方に、背筋が伸びる。
「水無瀬千紗です。よろしくお願いします、京介さん」
頭を下げながら、小さな引っかかりを覚えた。
──苗字は? 名札にも、紹介にも、名前しかない。
けれど尋ねる暇はなく、人事担当者は「では、あとはよろしく」と去っていく。京介さんはもう歩き出していた。
ロビーを横切ろうとした時だった。
「すみません。あの、困ったことになってしまって……」
初老の女性ゲストが、フロントスタッフに何かを訴えている。
今夜、結婚三十周年のディナーを予約していたのに、旦那様が急な出張で、到着が二時間遅れるという。しかも予約の個室は、その時間にはもう次の予約が入っていた。
「本当に、申し訳ございません……」
フロントスタッフが、同じ謝罪を繰り返している。丁寧で正しくて、どこにも届いていない言葉。女性の肩が、少しずつ小さくなっていく。
その背中に、前の店での記憶が重なった。
清潔に整えた黒髪の下から、涼しげな瞳がこちらを見ていた。目が合っただけで、心の内側まで見抜かれそうだ。
すらりと高い背に、肩の線まで寸分の狂いなく合ったオーダースーツ。三十歳前後だろうか。
「京介だ。堅苦しい前置きはいらない。ただし、仕事の甘さは許さない」
低く落ち着いた声だった。愛想の欠片もない言い方に、背筋が伸びる。
「水無瀬千紗です。よろしくお願いします、京介さん」
頭を下げながら、小さな引っかかりを覚えた。
──苗字は? 名札にも、紹介にも、名前しかない。
けれど尋ねる暇はなく、人事担当者は「では、あとはよろしく」と去っていく。京介さんはもう歩き出していた。
ロビーを横切ろうとした時だった。
「すみません。あの、困ったことになってしまって……」
初老の女性ゲストが、フロントスタッフに何かを訴えている。
今夜、結婚三十周年のディナーを予約していたのに、旦那様が急な出張で、到着が二時間遅れるという。しかも予約の個室は、その時間にはもう次の予約が入っていた。
「本当に、申し訳ございません……」
フロントスタッフが、同じ謝罪を繰り返している。丁寧で正しくて、どこにも届いていない言葉。女性の肩が、少しずつ小さくなっていく。
その背中に、前の店での記憶が重なった。