愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
庭園の特設ステージで、式典は厳かに幕を開けた。
壇上に上がる直前、舞台袖の京介さんの視線が、一度だけさまよった。誰かを探すように。それが私の上で止まり、すぐに逸らされる。次の瞬間には、彼はもう背筋を伸ばして、光の中へ歩み出ていた。
紅葉を背に、ダークスーツの彼がマイクの前に立つ。来賓席の年配の紳士たちが、深々と頭を下げた。その中に、淡い藤色のドレスの紗英さんが、静かに座っている。
「本日はお忙しい中、創業記念紅葉ブライダルフェアにお越しいただき、誠にありがとうございます──」
よどみのない挨拶に、海外提携先の重役へ向けた英語まで添える。来賓たちは、次期総支配人候補を、敬意の眼差しで見上げていた。生まれた時からこの舞台に立つと決まっていた人の、揺るぎない姿だった。
主催者席の専務だけが、遅れて拍手を送っている。
だが、舞台袖の私だけが気づいてしまった。マイクを握る彼の手が、微かに震えているのを。
その手を見た瞬間、足が先に動いていた。給湯コーナーへ走り、温かいお茶を淹れる。彼の挨拶が終わるまでの、あと数分。カップを持って舞台袖へ戻った時、ちょうど京介さんが下がってきた。
顔が青白く、呼吸が浅い。周囲は次の進行に追われて、誰も気づいていない。
「……あの、これ」
差し出したカップを、京介さんは驚いたように見つめてから、受け取った。
あの夜、上着を差し出されたのは私だった。今度は、私が差し出す側にいる。
「ああ、助かる」
掠れた声だった。カップを両手で包む彼を見ていると、肩書きも名簿の文字も、頭から飛んでいた。ただ、放っておけなかった。
少し離れた場所から、七三分けの髪型をした品の良い男性が、こちらをじっと見ていた。誰なのかは分からなかった。
壇上に上がる直前、舞台袖の京介さんの視線が、一度だけさまよった。誰かを探すように。それが私の上で止まり、すぐに逸らされる。次の瞬間には、彼はもう背筋を伸ばして、光の中へ歩み出ていた。
紅葉を背に、ダークスーツの彼がマイクの前に立つ。来賓席の年配の紳士たちが、深々と頭を下げた。その中に、淡い藤色のドレスの紗英さんが、静かに座っている。
「本日はお忙しい中、創業記念紅葉ブライダルフェアにお越しいただき、誠にありがとうございます──」
よどみのない挨拶に、海外提携先の重役へ向けた英語まで添える。来賓たちは、次期総支配人候補を、敬意の眼差しで見上げていた。生まれた時からこの舞台に立つと決まっていた人の、揺るぎない姿だった。
主催者席の専務だけが、遅れて拍手を送っている。
だが、舞台袖の私だけが気づいてしまった。マイクを握る彼の手が、微かに震えているのを。
その手を見た瞬間、足が先に動いていた。給湯コーナーへ走り、温かいお茶を淹れる。彼の挨拶が終わるまでの、あと数分。カップを持って舞台袖へ戻った時、ちょうど京介さんが下がってきた。
顔が青白く、呼吸が浅い。周囲は次の進行に追われて、誰も気づいていない。
「……あの、これ」
差し出したカップを、京介さんは驚いたように見つめてから、受け取った。
あの夜、上着を差し出されたのは私だった。今度は、私が差し出す側にいる。
「ああ、助かる」
掠れた声だった。カップを両手で包む彼を見ていると、肩書きも名簿の文字も、頭から飛んでいた。ただ、放っておけなかった。
少し離れた場所から、七三分けの髪型をした品の良い男性が、こちらをじっと見ていた。誰なのかは分からなかった。