愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「違う、そうじゃない!」

いつも冷静な彼から出たとは思えない、強い声だった。京介さんは、自分の声の大きさに口を閉じ、それから距離を詰めてきた。

伸ばされた手が、私の手首に触れる寸前で、ぴたりと止まる。行き場を失ったその手は、宙で固く握りしめられた。これ以上踏み込む資格が自分にはない、とでも言うように。

「騙すつもりはなかった。信じていなかったわけでもない。名乗るなというのは祖父の方針だ。だが、それに甘えたのは俺だ。好都合だった」

絞り出す声は、いつもの彼のものではなかった。

「お前といる時間だけは、『伊集院京介』じゃなく、ただの京介でいられた。それを、手放したくなかった」

嘘ではない。目の奥にある切実さも、握った拳の震えも、確かに伝わってくる。それでも、頷けなかった。心が追いつかない。

「今は、聞いても素直に喜べません」

自分の声が、他人のもののように遠かった。京介さんが何か言いかけて、飲み込んだのが、空気の揺れで分かる。

私は一歩下がった。これ以上近づいて傷つくのが、怖かった。先に拒まれる前に、自分から線を引いてしまいたかった。

入社初日に教わった角度で、深く頭を下げる。

「失礼いたします、京介様」

その呼び方が口を離れた瞬間、顔を上げた私は、彼の目を見てしまった。

殴られたような目だった。
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