愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「私、会長付きの秘書を務めております、橘と申します。式典では、京介様にお茶をありがとうございました」
穏やかな声だった。橘さんは周囲に人がいないのを確かめてから、続けた。
「苗字を伏せておられたのは、京介様の祖父君、会長のご方針です。肩書きを外した目で、現場を知るために。その修業は、年内で終わります。年が明ければ、京介様は本社へ戻られ、次期総支配人として会長のおそばに立たれます」
年が明ければ。息が止まった。
一礼して去っていく背中を、私は動けないまま見送った。
胸元の名札に、触れる。『水無瀬』の下の、『研修中』の小さなプレート。年内いっぱい、それが私の肩書きだった。
研修中の札が外れる日と、彼がここを去る日は、同じ十二月三十一日だった。
穏やかな声だった。橘さんは周囲に人がいないのを確かめてから、続けた。
「苗字を伏せておられたのは、京介様の祖父君、会長のご方針です。肩書きを外した目で、現場を知るために。その修業は、年内で終わります。年が明ければ、京介様は本社へ戻られ、次期総支配人として会長のおそばに立たれます」
年が明ければ。息が止まった。
一礼して去っていく背中を、私は動けないまま見送った。
胸元の名札に、触れる。『水無瀬』の下の、『研修中』の小さなプレート。年内いっぱい、それが私の肩書きだった。
研修中の札が外れる日と、彼がここを去る日は、同じ十二月三十一日だった。