愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「名前を背負えるかは、まだ分かりません。ただ、あの方が庭で迷われる道なら、私は知っています」
「……水無瀬」
京介さんが、小さく呻いた。見なくても、顔が赤いのが分かった。
紗英さんは、一度だけ瞬きをした。それから初めて、本当に可笑しそうに笑った。
「道を知っている、ね。そう来るとは思わなかったわ」
「本日のメインは、鴨でございます。焼き加減は、後ほどお伺いいたします。失礼いたします」
廊下に出て扉を閉めた途端、壁に背中を預けた。膝が笑っている。
言ってしまった。お客様の前で、仕事の場で。けれど、嘘は一つもなかった。
◇
二十時四十分。廊下で、個室の扉が開いた。淡い藤色の裾が出てきて、私は反射的に頭を下げた。
「先ほどのお言葉、聞き流せませんでしたわ」
紗英さんは扉を閉め、声を落とした。
「京介さんから、お断りの意向は伺いました。けれど、お返事は、私が預かっているの。会長にも父にも、まだ何も申し上げていません」
「どうして、私に」
「使い道は、あなたの出方次第かしら。京介さんは先に庭園へ。デザートを半分も残して、ずっと時計を見ていらしたわ」
微笑みの奥は、少しも読めない。靴音が遠ざかっても、味方なのか敵なのかという問いだけが、宙に残った。
「……水無瀬」
京介さんが、小さく呻いた。見なくても、顔が赤いのが分かった。
紗英さんは、一度だけ瞬きをした。それから初めて、本当に可笑しそうに笑った。
「道を知っている、ね。そう来るとは思わなかったわ」
「本日のメインは、鴨でございます。焼き加減は、後ほどお伺いいたします。失礼いたします」
廊下に出て扉を閉めた途端、壁に背中を預けた。膝が笑っている。
言ってしまった。お客様の前で、仕事の場で。けれど、嘘は一つもなかった。
◇
二十時四十分。廊下で、個室の扉が開いた。淡い藤色の裾が出てきて、私は反射的に頭を下げた。
「先ほどのお言葉、聞き流せませんでしたわ」
紗英さんは扉を閉め、声を落とした。
「京介さんから、お断りの意向は伺いました。けれど、お返事は、私が預かっているの。会長にも父にも、まだ何も申し上げていません」
「どうして、私に」
「使い道は、あなたの出方次第かしら。京介さんは先に庭園へ。デザートを半分も残して、ずっと時計を見ていらしたわ」
微笑みの奥は、少しも読めない。靴音が遠ざかっても、味方なのか敵なのかという問いだけが、宙に残った。