愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
彼はポケットから取り出したミルク味の飴の包みを、開けないまま掌で転がしている。

「以前、傾いた系列ホテルを任された。俺は数字だけを見て、人件費を削り、稼働率を上げた。数字は戻った。三年後に訪ねると、スタッフは全員、完璧に笑っていた。作られた愛想笑いで。誰もお客様を見ていなかった。見ていたのは、売上表と、俺の顔色だけだ」

愛想笑いはいらない。初日の言葉が、別の意味を持ち始める。

「あれは、ご自分への戒めだったんですね」

「ああ」

彼は、小さく頷いた。

「名乗るのが怖くなったのは、十七の時に、友人が伊集院に取り入るために近づいていたと知ってからだ。それ以来、苗字に触れられるのが怖い。祖父の方針は、好都合だった」

好都合。あの廊下で聞いた言葉の意味が、ようやく分かった。

暗い庭の奥へ、彼は目を向けた。

「この庭が苦手なのも、そのせいだ。子どもの頃、創業家の集まりの最中にここで迷った。日が暮れるまで、誰も探しに来なかった」

誰も探しに来なかった子どもの気持ちを、この人は知っていたのだ。ロビーで男の子の前に膝をついた背中が、重なった。

「壇上に立つ時は、いつも手が震える。伊集院の名前の下で、中身の俺が潰れそうになる。あの日、お前が差し出した茶が、それを止めてくれた」

見ていて良かった、と初めて思った。
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