愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
京介さんは何も言わず、フロントスタッフに向き直った。

「上層階の空室を押さえて下さい。夜景の見える部屋で、ルームダイニングを。ご到着に合わせて始めます。ソムリエも呼んで下さい」

迷いのない指示だった。スタッフが弾かれたように動き出す。

通った。私の言葉がそのまま。喜びより先に、膝から力が抜けそうになった。

京介さんは女性ゲストに歩み寄り、深く頭を下げた。

「お待たせして申し訳ありません。新人の水無瀬から、ご提案がございます」

名前を出された瞬間、頭が真っ白になった。喉がからからに乾いたまま、どうにか要点を伝えると、女性の顔がぱっと明るくなる。

「まあ、それは素敵ね。ぜひお願いできますか」

駆けつけたソムリエに、京介さんは予約表を一瞥して、目だけで何かを問いかけた。ソムリエが一拍置いて、短く頷く。

「ご結婚は三十年前です。その年の一本を、グラスで」

「……九十六年でしたら、一本だけセラーに」

「それを、お願いします」

必要な問いだけを、最短で投げる。ただ厳しいだけの人ではないのかもしれない。

準備が整い、ほっとして隣を見ると、京介さんと目が合った。

驚いたような、どこか満足げな、無表情とはまるで違う顔。切れ長の瞳が和らぎ、口元を色っぽさすら滲む柔らかな笑みがかすめた。けれどすぐに視線は逸らされ、硬質な表情に戻ってしまう。

見間違いかもしれない。そう思うのに、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
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