愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
京介さんが息を止め、それから肩を揺らして吹き出す。

「……忘れてくれ、それは」

「忘れません」

言い終わるより早く、強い力で引き寄せられた。コート越しでも伝わる、熱い体温。冬の夜気が、そこだけ遠のいた。

「……千紗」

初めて、下の名前で呼ばれた。

「お前だけだ。……俺の心を、こんなに乱すのは。ずっと、好きだった」

絞り出すような低い声が、耳元で揺れた。私を抱きしめる腕にいっそう力がこもる。

私も彼の背中に手を回す。

その時、京介さんのポケットでスマホが震えた。舌打ちしそうな顔で画面を見て、動きを止める。

『会長』

「……祖父だ」

私を離さないまま、通話ボタンを押す。

「はい。……いえ、庭園に」

短い相槌が続き、声が硬くなっていく。やがて「承知しました」とだけ言って、通話を切った。

「水無瀬千紗を、明日の朝九時に会長室へ連れてこい、と」

「私を、ですか」

「橘か、専務か……俺たちのことを、とっくに報告していたんだろう。それに、条件を出すそうだ。中身は明日、祖父の口から聞くことになる」

腕の中の彼の体温が、少し上がった気がした。

「分かりました、伺います」

「ああ。俺も行く」

頷いた。どんな条件でも、今度は逃げない。見上げた先で、ホテルの窓明かりが滲んでいた。

研修中の札が外れ、彼がここを去る大晦日まで、あと七日。
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