愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「縁談は、予定通りに進める。京介は、二度と君と同じ現場には立たせない」

息が止まった。断ってもいい、と会長は付け足した。断れば傷は浅い、と。

一瞬、その言葉が、ひどく魅力的に聞こえた。断れば、あの廊下で味わった痛みはもう来ない。

私は、ゆっくりと首を振った。

前の店で、黙って頭を下げた日が瞼に浮かぶ。ここで下げれば、同じことをする。手帳には、付箋とご夫妻の礼状が並んで挟まっている。

私は立ち上がった。

「やり遂げます」

会長は私の目をしばらく見つめ、それから口元を緩めた。京介さんと同じ笑い方だった。

「いい返事だ」

扉を出ると、京介さんが壁にもたれて待っていた。

「何を言われた」

「大晦日に、四宮社長ご夫妻の接遇を、私が一人でやります。京介さんは、手を貸さないでください」

「試験、ということか」

「自分で、やり遂げたいんです」

長い沈黙のあと、彼は握りしめていた拳を、ゆっくりと解いた。

「……分かった。手は貸さない」
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