愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
その夜から、私は四宮社長の過去五年の宿泊記録を、一枚ずつ読み込んだ。

三年前までは、毎年高層階のスイートで、庭園の散策が毎回の項目に入っている。ところが去年の記録だけが、違っていた。

部屋は低層階、朝食はルームサービス、散策の項目は消えている。備考欄に、清掃担当の走り書きが一行あった。

『ご主人様、階段をお避けになる』

庭が好きだったはずの人が、庭に出なくなった。階段を避ける。

もしかして、足を悪くされたのだろうか。空白が、一つの形になっていく。

◇

十二月二十八日、フロントに紗英さんが現れた。

「少し、お時間いただける?」

ロビーの隅で、彼女は声を落とした。

「大晦日のこと、聞きましたわ。一つだけ、忠告しておくわね。父は、庭には出ません。余計なご準備は、なさらないことね」

事実だけを並べた、静かな声だった。

「ご忠告、ありがとうございます」

それだけ言って、頭を下げた。彼女は少し待ってから、何も言わずに背を向けた。

親切なのか、妨害なのか。けれど彼女は「出ない」と言った。「出られない」とは言わなかった。

ふと、あの日の背中が浮かんだ。庭園の橋の石段の手前で、足を止めた紗英さん。ヒールのせいだと思っていた。けれど、父親の膝を思っていたのだとしたら。
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