愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
退勤後、私は一人で庭園へ出て、懐中電灯で橋の手前を照らした。図面に段数の記載はなかった。数えると、階段は七段あった。

膝を悪くした人にとって、この七段はきっと壁だ。

事務所に戻り、橋を迂回する道を図面に引いた。遠回りで、十五分は余計にかかる。けれど、平らだ。

二十九日の朝、営繕課に迂回路の全長への仮設手すりを手配し、三十日の納品も確認した。動線図は、その足で秘書室へ提出した。

◇

十二月三十日の朝、営繕課から内線が入った。

「水無瀬さん、手すりの件ですが、納品が年明けになっています」

「年明け? 二十九日に、手配済みと確認しましたが」

「発注書の宛先が、別の拠点に変わっていまして。変更の承認印は、専務室のものです」

受話器を持つ手が、冷たくなった。偶然にしては、時期が良すぎる。

ここで声を荒らげても、手すりは届かない。

思い出したのは、紅葉フェアの撤収だった。バージンロードの脇に使った白木の手すりが、倉庫の奥に、まだ積まれたままのはずだ。

私は営繕課へ走った。

「あの手すり、お借りできませんか」

そう切り出してから、一人で抱え込みかけていたことに気づいた。会長が出した条件は、接遇を一人で務めること。準備まで一人で抱えろ、とは言われていない。
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