愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
車から降りる社長が、右膝を庇っているのが見えた。
「本日は、私が承ります。庭園は、ご覧になりますか」
「毎年、楽しみにしていたんだがね。今年は遠慮しておくよ。冷えるからね」
社長の視線が、一瞬だけ奥様をうかがった。膝のことは、口にしない。奥様の前では、決して言わない人なのだ。
「社長。お足元のことは、誰にも申しません」
奥様が荷物に気を取られた隙に、私は声を落とした。社長の目が鋭くなる。
「奥様と庭を歩かれるお姿を、一番見たいと思っておられるのは、きっと奥様のほうです。段差のない道を、ご用意しました。橋は渡りません。手すりも、休める場所も、膝掛けも」
前の店で、お客様が口にされなかった本当の望みを、聞き取れなかった日がある。だから今回は、記録の空白から読んだ。
社長は長い間、黙っていた。それから、小さく息をつく。
「……君に、負けたよ。歩いてみよう」
奥様が不思議そうに振り返り、その腕に手を添える。
高台には、二人掛けのベンチを一つ。その隣にも、席を一つ。温かい飲み物は二つ、膝掛けは二枚、それから、予備にもう一枚。石段の前で立ち止まった背中を思い出して、足したものだった。
「紗英様。よろしければ、お父様の隣へ」
紗英さんは驚いたように私を見て、それからゆっくりと頷いた。
私は一礼して、下がった。ここから先は、親子の時間だ。
離れた場所から、見ていることしかできない。紗英さんが、何かを話している。社長が、驚いた顔を向ける。長い沈黙。やがて、社長の手が、娘の肩に置かれた。
組んだ両手の中が、冷たく汗ばんでいた。
「本日は、私が承ります。庭園は、ご覧になりますか」
「毎年、楽しみにしていたんだがね。今年は遠慮しておくよ。冷えるからね」
社長の視線が、一瞬だけ奥様をうかがった。膝のことは、口にしない。奥様の前では、決して言わない人なのだ。
「社長。お足元のことは、誰にも申しません」
奥様が荷物に気を取られた隙に、私は声を落とした。社長の目が鋭くなる。
「奥様と庭を歩かれるお姿を、一番見たいと思っておられるのは、きっと奥様のほうです。段差のない道を、ご用意しました。橋は渡りません。手すりも、休める場所も、膝掛けも」
前の店で、お客様が口にされなかった本当の望みを、聞き取れなかった日がある。だから今回は、記録の空白から読んだ。
社長は長い間、黙っていた。それから、小さく息をつく。
「……君に、負けたよ。歩いてみよう」
奥様が不思議そうに振り返り、その腕に手を添える。
高台には、二人掛けのベンチを一つ。その隣にも、席を一つ。温かい飲み物は二つ、膝掛けは二枚、それから、予備にもう一枚。石段の前で立ち止まった背中を思い出して、足したものだった。
「紗英様。よろしければ、お父様の隣へ」
紗英さんは驚いたように私を見て、それからゆっくりと頷いた。
私は一礼して、下がった。ここから先は、親子の時間だ。
離れた場所から、見ていることしかできない。紗英さんが、何かを話している。社長が、驚いた顔を向ける。長い沈黙。やがて、社長の手が、娘の肩に置かれた。
組んだ両手の中が、冷たく汗ばんでいた。