愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
総支配人室に戻ると、橘が書類を差し出した。

「京介様。水無瀬さんのほうをご覧になったのは、先ほどので九回目でございます」

「……数えていたのか」

「数えるのは、得意でして。鷲尾専務は、手すりの発注の経緯書を提出されました。役員会で、厳重注意だそうです」

「そうか」

そこへ内線が鳴った。表示は『会長』。

「京介。近いうちに、水無瀬さんを夕食に呼びなさい」

「彼女とは、まだ始まったばかりです」

「いいか、断らせるなよ」

◇

ホテルに入る日は、必ず彼女の机に缶のミルクティーを置いている。休憩室の自販機の前で、彼女が迷わず押すボタンを、いつの間にか覚えていた。

缶の横には、ミルク味の飴を一つ。自分用の袋から、彼女の分だけ抜いている。

最初に置いたのは、紅葉フェアのリハーサルで「外す」と言った翌朝。二本目は、大晦日の前夜。手は貸さないと約束した。缶を置くのは、貸したうちに入らない。ひどい屁理屈だと思うが、放っておけなかった。

彼女について把握していることを、試しに数えてみる。

緊張すると名札に触れる。疲れると、歩幅が半歩狭くなる。嬉しいと、右の口角だけが先に上がる。

高木が声をかける頻度に苛立って、会議の席順を変えたのも俺だ。

初日に袖を引かれた時、最初に浮かんだのは怒りではなかった。震える声があまりにも真剣で、目を離せなかった。

──やっと、見つけた。

そう思ったことを、俺は誰にも言っていない。
< 55 / 62 >

この作品をシェア

pagetop