愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
【千紗side】

その夜、自宅のベッドの上でパリの封書を広げた。推薦理由の欄に、現場提案シートの文面が引かれていた。ご夫妻の笑顔まで、一行で。

前の職場で、数字でしか見てもらえなかった私の仕事が、海を越えて届いた。素直に嬉しかった。行ってみたい気持ちは、嘘じゃない。

けれど、考えるほどに分かってきた。パリへ行きたい気持ちの半分は、認められた自分を、もっと遠くで確かめたい気持ちだった。それなら、確かめる場所は遠い街でなくてもいい。

手帳を開くと、礼状が付箋の隣にあった。

全店舗に広がるあのシートを、現場で見届けたい。目の前のお客様の顔を、見ていたい。それは、彼のためではなく私が決めたことだ。

◇

翌日の夕方。通用口で待っていた京介さんに、封書を返した。

「お断りします。パリは、本当に素敵だと思います。でも、今はここで、目の前のお客様と向き合いたいんです。いつか機会があったら、その時は二人で考えさせてください」

「……千紗が決めたなら、それでいい」

素っ気なく言うのが、精一杯という顔だった。

それから、頭にぽんと、大きな掌が乗った。ためらいのない手だった。

「よく決めたな」

子ども扱い、と思うのに。撫でられた場所が、じんわり温かい。

彼と並んで歩き出す。
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